40話 桃太郎・終幕

 校庭移動組・ゲーム「桃太郎」


(よしっ!)


 人魂と格闘すること、かれこれ30分。

 やっとの思いで、カヅキは魂を咥えることができた。

 感触などないと思っていたそれは、意外と弾力があって、グミのような質感だった。

 逃がさぬようにしっかり噛みつくと、一直線に桃太郎のもとへ駆け抜けた。


【よくぞやり遂げた。誇らしいぞ、おなごよ】


 魂を上空へ放つと、桃太郎が言った。

 カヅキはむっと顔をしかめた。


「おなごじゃなくて、私には村田華月っていう名前があんの! ヒトのことをおなごって、失礼だよ!」


【むぅ……、済まぬ】


 カヅキの圧に負け、ごにょごにょと謝罪する桃太郎。


「あはははは! 尻に敷かれる旦那さんみたい!」


【何を申すか、おぬしは!】


 爆笑しながら言われたアオイの言葉に、桃太郎の顔が真っ赤になる。

 着ぐるみも顔を赤くするのかと、カヅキは目を丸くした。


【旦那、か。人の身であった時は、そのようなこと、考えもせなんだ。否、考えるいとまなどなかったな】


 しみじみとした声色でそう言うと、木のほうに目を向ける。

 端の木では、2年生のホノカが、「キジ」をクリアしようと、向かいの木へと何度も何度もジャンプしていた。

 失敗を繰り返した体は疲弊し切っており、動けなくなるまで数分と保たないだろう。


【あの者の体格では、飛び移るのは無理であろうな】


「っまさか殺すの!? まだ諦めてないのに!?」


 カヅキが問い詰める。

 桃太郎は首を横に振ると、真っ直ぐにカヅキと向き合った。


【今、この場におるのは、「キジ」に挑戦するあの者と、おぬしらのみだ】


 桃太郎は、己の後頭部に手を回す。

 ジ、とチャックの開く音が鳴った。


【拙者の真名。おぬしに託そうと思う。村田――――我が主の、子孫よ】


 着ぐるみの中から現れたのは、端正な顔立ちの若侍。

 木から落ちた時、そして、高所の恐怖に押しつぶされそうだった時。

 幻覚だと思っていた顔が、そこにあった。


「……それが、あなたの、本当の姿なの?」

「ああ。拙者の真の名は、百瀬源太郎ももせげんたろうと申す。名は残っておらぬだろうが、戦国の世に生きた武士もののふよ」


 源太郎は、感極まった表情で、カヅキの手を取った。


「こうして、幾年もの時を経て、あの方の血を継ぐ者と会えようとは。あの方の血が、絶えておらぬことを知り、拙者は――」


【ちょっと、モモちゃん】


 ふわり。

 上空から、てるてる坊主が降りてきた。


【ルール違反の連続だよ。プレイヤーの生存率を著しく上げる行動、それに助言。これデスゲームだからね? プレイヤーを生かすように動いてどうすんのさ】


 マジックで描かれた目が、赤く光る。

 明らかに、怒っている。


【そして、ぼくが捕まえた魂を逃がす行為。まあ、ストックは大量にあるからいいけど。ここまでは許せるよ、ここまでは。でも――】


 てるてる坊主の下から、ぬっと無数の手が伸びて来て、源太郎の頭を掴んだ。


【自分から正体を明かして、プレイヤーを意図的に逃がす! もう見過ごせないよ!!】


「――ねぇ、ちょっと待って。正体を明かして、プレイヤーを逃がすって……」


【キミには関係ないっ!】


「きゃあああああああああああっ!?」


 カヅキの方にも、手が伸びてくる。

 源太郎は頭を掴んでくる手に刀を刺し、拘束を緩めると、カヅキに襲いかかる手を斬り伏せた。


「この者に手出しはさせぬ!」

「あ……、ありがとう……」


 源太郎は一瞬だけ、カヅキに笑いかけると、てるてる坊主に向かい刀を構えた。


「カヅキ、げえむを生き延びたくば、の正体を見破れ!」


 無数の手を斬り伏せながら、源太郎は吠える。


「例外もおるが、大抵の者は、童歌の人物に扮し、真名を隠すことでげえむを成立させておる!」


【よけいなことを!】


「だからどうか、生き――――」


 てるてる坊主が、源太郎を包み込んだ。

 ――その、数秒後。


「お"ごごあ"あああああぎrrrrrrrrrrrrrrrrr」

「ひっ!?」


 てるてる坊主の中から、この世のものとは思えぬ悲鳴がすると共に、ゴキッ、バキバキバキッ……ベキャ、グチャアアアアアアアッ!! と、人からあげられていいものではない音が鳴り響いた。


「ア"……ア……ッ、アァ……」


 悲鳴はだんだんと弱り始め、音も小さくなっていく。

 数刻も経たずに、何も聞こえなくなった。


【見苦しいところを見せたね】


「ひぃっ!?」


 ふわり。

 怯えるカヅキとアオイの前に、てるてる坊主が飛んできた。


【悔しいけど、ここに残っているキミたち全員、ゲームクリアとする。そして――】


 意識が、遠のく。

 てるてる坊主の言葉を最後まで聞き取ることはできなかった。

 カヅキとアオイは、どさりとその場に倒れ込んだ。

 すでに気絶していたホノカも含め、3人の身体は体育館へと転送された。



「う、ん…………」


 目を、開ける。



 カヅキの視界に、アオイの顔が映される。


「よかった、気がついて」


 ほっとした様子で、アオイが言った。


「あれ……、私、何してたんだっけ……?」


 頭に手を当て、カヅキが疑問を口にする。

 アオイは寂しそうな表情で、俯いた。


「桃太郎をクリアしたのは分かる。でも、何をしたのか、まったく覚えてないの」


 アオイが言った。


「私もそうなんだ。ゲームの時の記憶が、まったくない。何か大切なことを、忘れているような――」


 ――つぅ。

 カヅキの頬を、一筋の涙が伝う。


「あ、れ……?」


 不思議に思いながら、涙を拭う。


「なんだろう、これ……」

「わたしも、何でだか寂しくて悲しい。なんでだろうね。おねえちゃん」



『ここに残っているキミたち全員、ゲームクリアとする。そして――このゲームの記憶を、参加したこととクリアしたことを除き、すべて消去する』



 デスゲームのGMという立場にいながらも、子どもたちを救おうとした若侍。

 彼を思い出す者は、もう、誰もいない――。





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