41話 三太郎・終幕

 体育館(プレイヤー控え室)


【オス! ちょいと連絡させてくれ】


 ステージに棒立ちした状態で、沈黙し続けていた金太郎が、突然喋りだした。


【金太郎・桃太郎のげえむが終わった。浦島太郎がまだみてぇだから、くりあしたおめぇらはもうちっと待っててくれ】


 ゲームの進行状況の連絡のようだ。


【すんげぇなおめぇら。浦島太郎に参加してる奴いげえ全員生きてるど】


 金太郎の言葉に、その場にいた者たちは感嘆して辺りを見渡した。


「ねぇ、桃太郎がいないよ」


 アオイが手をあげて言った。


【モモは…………】


 金太郎が言葉を詰まらせた。

 しばしの思考の後、金太郎は体育館側に目線を戻した。


【急用ができて、帰ったど】


 バレバレの嘘だった。

 しかし、GMの行方など誰も興味がないため、追及する者はいなかった。


「…………」


 ショウタは、生き残った者たちを見渡した。

 人数が少ないこともあり、普段接点のない者たちが親交を深める様子が見受けられた。


(平和だな……)


 思わずため息が漏れた。


「このまま、時が止まってしまえばいいのに」



 ◇ ◇ ◇



『ア……、アアア……。アハハハハハ』


 ――ゲーム「浦島太郎」のロビー。

 子どもたちが狂っていく地獄のような映像は、引き続き流れ続けていた。

 泣きわめていた子どもたちは悉く発狂し、皆、奇行に走っている。


 ある者は血が出るほど髪をむしり。

 ある者は全身を掻きむしり。

 ある者は目を潰し。

 ある者は支離滅裂な言葉を叫びながら、奇怪なダンスを踊り出し。


 ――そうして、最後には地に倒れて、動かなくなっていった。


【どーだい、センセ? 自分が導いた生徒たちが、発狂死してくザマは】


 映像に映る者が、皆動かなくなると、浦島が姿を現わした。

 骸骨に捕えられている高橋の真ん前まで行くと、ずいと顔を近づけた。


【何でこうなったのか。考えてくれた? センセ】


 勝ち誇ったように、浦島は言う。

 高橋は生気を失った目で浦島を見ると、わずかに唇を動かした。


【あ、何? 聞こえねーな】


「――みは……」


【あ?】


「浦島太郎を名乗るわりに、ずいぶん現代的だね」


 好戦的な笑みを浮かべながら、高橋が言った。


【……何が言いたい?】


「きみ、指名というわけでもないのに、気軽に名前を呼んだろ。"カヅキ"って。まるで友だちみたいなノリで」


【ん? ああ、GMは全プレイヤーのプロフィールを把握してるぞ。脱落者も生存者も、全員顔と名前を――】


「とはいえ、初対面の相手を呼ぶにしてはフランクすぎた気がするけど。それに、きみ、おれのこと"センセ"って言ったよな?」


【何だよ。変だったか?】


「変だよ。浦島太郎って、起源を遡れば奈良時代にはあったお話だよ。それが"センセ"って。どう考えても呼び慣れてるよね、〇〇先生って言い方に」


【…………】


 浦島は、口を閉ざした。


「カヅキさんを知っている子で、残忍な性格。パッと思いつくのは――」


 高橋は、不敵に笑った。


「前のゲームで対戦したね。五月祐輔君」


【――――ア】


 浦島が、終わりを悟ったような声を出した、直後。

 着ぐるみが、弾けた。

 中から現れたのは――――高橋の推測どおり、「ねこふんじゃった」で脱落した、五月祐輔だった。


「なんで……」

「なんでって――」


【なんでじゃないよ、ユウスケ君】


 高橋の言葉を遮り、てるてる坊主が現れた。


【ちょっとは役になりきろうよ。正体隠す気なかったよね?】


「だって、着ぐるみ着てたらバレないって――」


【でもこうしてバレたよね?】


 放たれた正論に、ユウスケはぐっと押し黙った。


【事前に知らせておいたよね。正体を言い当てられたら、どうなるか――】


「おい、まて……やめろ、やめろぉおおおおおおおお!!」


 ユウスケの体を、てるてる坊主が上から包み込んだ。


「お"ぎぇあ"ああああああああああ!」


 布の中から、断末魔のような悲鳴と、肉体の破壊される音が鳴り響く。

 高橋を拘束していた骸骨たちも、ガラガラと音を立てて崩れ去った。


【まったく! 今回のゲームマスターはダメなやつばっかり!】


 処刑を終えたてるてる坊主は愚痴を呟くと、くるりと高橋の方を向いた。


【それに比べて、キミはすごいね高橋君。ゲームマスターを2体も倒しちゃうなんて。ねぇねぇ、よかったら「こっち」側に来ない?】


 はしゃぎながら、てるてる坊主は言う。


「はは……」


 高橋は困ったように笑うと、次の瞬間、恐ろしい形相に変化した。


「誰がなるかよ、ふざけんな。お前もそのうち始末するから、覚悟しろ」


【やだやだ、こわいよぉ】


 おちょくるように言うと、てるてる坊主は高橋から距離をとった。


【えー、ゲームマスターが倒されたので、ゲームは続行不可となりました。以上をもって、浦島太郎――および、三太郎のゲームを終了します! おつかれさまでした!】


 その言葉の後、暗闇が剥がれ落ちた。

 すると、高橋たちは体育館へと引き戻されていた。


「せんせぇっ、たかはしせんせぇっ!」

「ふぇぇえええんっ、えぐっ、えぐっ……」


 とてとて。

 軽い足音が近づいてくる。

 目を向けると、1年生のわずかな生存者――星川草太ほしかわそうたと、七枝夕しちしゆうが、走ってきていた。


「きみたち、無事だったんだね!」

「うん!おれたち、すごく怖かったから、なにも選ばないで知らんぷりしたの。そしたら、てるてるぼうずか、ゲーム終わったって」


 他のプレイヤーは、悉くハズレの選択肢を選んで発狂死していった。

 しかし、彼らは選択肢を選ばないことで、生き延びたのだった。


「ねぇ、たかはしせんせーが、うらしまを倒してくれたの?」


 ソウタが小首を傾げて問う。

 高橋は、じわりと涙を滲ませると、幼い2人を抱き締めた。


「よかった……っ、きみたちだけでも、無事で……!」

「うええええええええん!」


 高橋の腕の中で、ユウは泣き続けた。

 ソウタは、最初はきょとんとしていたが、人肌のぬくもりに安心すると、声を張り上げて泣き出した。


「ごめん……っ、ごめんよ……! 怖い思いをしたよね。ごめん……っ!」


 抱き締める腕に、力が入る。


「きみたちだけでも……、おれが守るから。絶対、死なせないから……!」


 泣きじゃくる2人へ、そして犠牲になってしまった子どもたちへ、高橋は固く誓うのだった。


【浦島太郎のげえむが終わったど。以上をもって、三太郎は閉幕だ。おめぇら、おつかれさまだ】


 金太郎はそう告げると、舞台袖へと引っ込んでいった。

 こうして、三太郎のデスゲームはあっけなく終わりを告げたのだった。




 犠牲者……児童76名

 残り、39名。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る