72話 種明かし

「カ……、カイト……?」


 衝撃のあまり、よろけながらシュウヘイが呟く。

 てるてる坊主――カイトは、ニヤニヤと笑った。


「シュウヘイ君のそんな顔、初めて見ました。あのぉあれです、ハトが豆を食らったみたいな」

「それを言うなら豆鉄砲じゃねーの……」


 安定の語彙に、シュウヘイのみならずミナミも頭を抱えた。


「――そっか。そういうことか……!」


 サトリが言った。


「役職のてるてる坊主を処刑したらゲーム終了っていうのは、ワナだったんだ!」


 サトリの出した答えに、カイトは不敵な笑みを浮かべた。


「その通りです。あえて言い方を変えました。ゲーム、ゲーム、と」


 そう告げると、カイトはミナミに視線を向けた。


「ミナミさんを処刑していたら、全滅でした。その前に気づけて良かったです」

「そっか。"天気"と"夜の襲撃なし"は、それに気づかせるための時間稼ぎだったんだね」

「だいたいあってます」


 サトリは腑に落ちたように頷いたが、雨宮海人を知らないため、どこかすっきりしない感覚に陥った。


「まぁ、"夜の襲撃"に関しては、人狼ゲームではありませんので。それに、"天気"は……いえ、何でもありません」


 少し顔を赤らめながら、言葉を濁すカイト。

 生じた隙を、ミナミは見逃さなかった。


「私に気づいてほしかったんでしょ? カイト」

「う"っ」


 鋭い指摘に、カイトは鈍い声をあげた。


「あのハンドサイン。雲を眺めながら、やってたじゃない。晴れなら人差し指を上。くもりなら横。雨なら下。ゲーム中の天気だって、そのとおりだったわ」

「う"ぅ……。肯定したくない、肯定したくないっ!」


 背を向けて頭を抱える幼馴染を、ミナミはにやにやとしながら見上げた。

 隣に立つシュウヘイも、自然と頬を緩ませた。


「正直に言いなさいよ。幼馴染みの私に、名前を当ててほしかったんでしょ?」

「~~っそうですよ! 当ててほしかったに決まってるじゃないですか!」

「あら、素直に認めるのね」

「……悔しいですけどね」


 そう言うと、カイトは神妙な面持ちで振り返り、ふよふよとステージから降りた。

 宙を浮いての移動――明らかに人間ではない動き。

 彼はもう、世の理から外れた存在なのだと、改めて認識させられる。


「生き残ったのは、たったの3人ですか。……少ないどころの話ではないですね」

「全校集会の時は、あんなにいたのに」


 サトリが呟く。

 700人以上もの人間を収めていた空間は、たった4人にはあまりに広すぎた。


「本当にそのとおりです。あれだけ多くの人が、たった一瞬で、虫のように死んでいった……。まさに、地獄でした」


 目を伏せながら、カイトは言う。

 3人も同じ気持ちのようで、何も言わずに表情を沈ませた。


「――ですが、それももう終わりです」


 意味不明な発言。

 ミナミが眉を寄せ、口を開いた。


「……どういうこと?」


 そう問いかけると、カイトはどこか切なげな表情をした。

 見たことのない表情に、少し驚くミナミ。よく知る幼馴染みが、まるで別人のようだった。てるてる坊主の内に取り込まれ、膨大な魂と触れた影響だろう。


「死んで、てるてる坊主に取り込まれて分かったのですが……。このゲームは何百年も前から繰り返されているようなんです。何度も、何度も、何度も……。てるてる坊主は、悲願のために、デスゲームという名の蟲毒を繰り返しては、魂を集めて回っていたようです」

「何でそんなことを……? そいつの悲願とやらのために、おれたちの日常はぶっ壊されたのか!?」


 シュウヘイが怒りを隠さずに言う。


「彼は、生き返りたかったようです。人生をやり直して、人間としての幸せを手に入れたかったのではないでしょうか」


 そう答えるカイトは、淡々としていた。


「戦国……、室町……、いえ、それよりも前でしょうか。ここの近くにあった村で、生贄の儀が行われました。雨が続いて、作物は育たず、仕事もままならない。飢えた人々は、1人の子どもに布を被せて、木に吊るしました。そして、神様に願ったのです。明日天気になぁれ、と」


 息を呑む生存者たち。

 カイト――否、語り部は、淡々と昔話を続ける。


「吊られた子どもは、死に際にこう思いました。神に命を捧げれば、願いは叶うと」


 明かされた過去、そして目的。

 それこそが、デスゲーム開幕の理由。わらべ歌を冠する所以――。

 信仰の狂気が、子どもの純粋な心が、現代にまで災いをもたらしたのだ。


「ですが、なかなか願いは叶いません。子どもは、自分の願いが叶うまで、魂を集め続けました。はじめは浮遊霊から。次に、死にかけの動物から。その次は、弱い動物から……。どんどんと取り込んでいって、子どもは力を増幅させていきました」


「人間を一気に殺せるほどにまで強くなった子どもは、より効率の良い方法を思いつきました。それは、人間が密集する場所を見つけて、人々に殺し合いをさせればいい、と」


「そうすれば、多くの魂を集めることができるし、殺し合いを生き残った強い魂をも取り込むことができる。そうして始まったのが、デスゲームです。僕たちが巻き込まれたのも、そのうちの1つでした」


 ――好天小学校が舞台となった理由は、"人が密集していたのを、てるてる坊主に見つかった"、これに尽きるのである。


 人の命が奪われるのに、理由などいらないのだ。


「……だったら、おかしくねーか?」


 シュウヘイが言う。


「魂を集めるのが目的なら、ずっとGMでいればいいだけだ。何でわざわざ、おれたちの中にちゃっかり紛れ込んで、抜け道作ってんだよ。舐めプか?」

「いいえ、不正解です!」


 そう答える彼は、いつもの雨宮海人だった。


「あの子は、見つけてほしかったんでしょうね。あまりに長い時間を、叶うか分からない願いを抱きながら、孤独にこの世を彷徨い続け……。さぞ寂しかったのでしょう。名を呼ばれて、その存在を認識してほしかったのでしょう」


 哀れむように、カイトは語る。


「だから、彼はゲームに身を置いたんです。隠れたいんだか、発見されたいんだか分からないヒントを散りばめて」


 七枝夕という名前。

 自身が取り込み、恨みを買っているはずの魂にGMをさせるという行動。

 高橋幹人などの危険分子を生かしておく不注意。

 そのわりに、言うことを聞かないGMを拷問したり、都合の悪い時には記憶を抹消したりする。

 利益と不利益の混在。

 見つかりたい、見つかりたくない。

 相反する感情が、矛盾する行動を引き起こしていた。


「その呪いが――今、解き放たれようとしているんです」


 カイトの身体が、透き通り始めた。


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