幕間

Uの追憶 前編

 俺の名前は五月祐輔。

 カスみたいな父親と、ドブみたいな母親と3人で暮らしている。


 父親は飲んだくれては暴れ、母親に暴力を振るう。典型的なクズ野郎だ。

 母親は「止めて」とも「痛い」とも言わず、ただニコニコと笑顔を貼りつけている。どれだけ傷が増えても、母親の笑顔は崩れなかった。


 母親は、繰り返し俺に言い聞かせた。


「いい? どんな時でも、笑うの。そうすれば、辛いこともどうだってよくなるわ」


 やっぱり、辛いんじゃん。

 子どもごころにそう思ったが、大の大人相手に出来ることなんて何もなかった。

 はじめは思うところがあった母親も、時が経つにつれてどうでも良くなっていった。


 けれど、たった1つだけ、母親に感謝していることがあった。


「ユウスケ、うっす!」

「おはよ~」


 それは、笑顔の作り方だった。

 学校という空間において、ニコニコと笑顔を貼りつけておくのは賢いことだと理解するのには、そう時間はかからなかった。

 笑っていても暴力を振るわれる家とは違い、学校では勝手に人が寄ってくる。

 こんな都合の良いことはなかった。

 けれど――――。


「なぁなぁ、昨日の〇ケモン見た!?」


 家でテレビをつけようものなら、酔った父親が発狂して暴れ出す。


「オレのかーちゃん、宿題やれ宿題やれってうるさくてさぁ!」


 その程度でうるさいのか。

 こっちは毎晩のように汚い言葉が発せられてるというのに。


「なぁなぁ! 今度ユウスケん家で遊ばね!? みんなも呼んでさ!」


 友人なんて、呼べるわけがない。

 平和な環境で、優しい親が出迎えてくれる家じゃないんだよ。


 死ぬ気で身に着けたコミュ力でなんとか凌いでも、クラスメイトとの落差に苦しむ日々は、延々と続いた。



 ◇ ◇ ◇



「ぐふっ……!?」


 ほんの、出来心だった。

 放課後、クラスの目立たない奴を校舎裏に誘いこんで、思いきり腹を殴った。


「ユウ……スケ君……。なん、で……?」


 殴られた奴は、困惑8割、恐怖2割といった眼差しで、俺を見上げている。

 ぞわぞわ、ぞわぞわ。

 知らない感覚が、心の奥から込み上げてきた。


「あ"がっ!?」


 その正体を突き止めるために、俺はもう1度、ヤツを蹴り上げた。

 ああ、また来た。でも、まだ分からない。

 もう1度、蹴る。

 今度は、殴る。

 ヤツの顔が腫れ、体に青あざができるが、そんなことはどうでも良い。

 コイツがどうなろうと、どんな姿になろうとも構わない。

 俺は今、ものすごく楽しいのだから――。


 ……楽しい?


 沸き出て止まない感覚の正体を知る。

 乾いた笑いが込み上げてきた。

 血は争えない。俺は、アイツの息子なんだ。



 それからというもの、俺はたびたび弱そうな奴を連れ込んでは、リンチするのが生きがいになっていた。

 もちろん、バレないように期間を空けて。


 拳に当たる肉の感覚がたまらなかった。

 踏みつける優越感が気持ちよかった。

 俺の拳でうめき声をあげるのが楽しかった。

 俺の足で這いつくばって立てなくなるのがおかしかった。

 殴ったり蹴ったりした方向に身体が向くのが爽快だった。


 いたぶって、相手の反応を見るたびに――ゾクゾクと、気分が昂った。


 バレることはなかった。

 だって俺は、猫を被るのがうまかったから。

 発言力もなく、友だちもいない、弱っちぃ奴らがチクったところで、大人は誰も信じない。

 このセカイは、弱肉強食。弱いから、好き放題されるのだ。



 ……ああ、そういえば、5年生の女子の目にバーナー当てたときは、すごい興奮したっけ。

 どぎつい悲鳴をあげて、地面をのたうち回ってた。

 すぐに手で隠されたから、目がどうなってるのか見れなかったけど、魚みたいにビクビク跳ねてるのが面白くて仕方なくて。

 でも、あんまり騒がれると見つかるから、のしかかって口を抑えてた。その間も、アイツの身体は跳ねまくってた。



 ――それがまさか、あんな形で目の前に現れるとは、夢にも思っていなかった。


「おまえにやられた!!」


 突然始まったデスゲーム。その3つめ、「ねこふんじゃった」。

 Dチームの女子は目をかっ開いたかと思うと、勢いよく眼帯を外した。

 その下があまりにもグロくて、思わず腰が抜けた。


「おぼえてないのか。これ、おまえにやられた」


 女子はグロい顔を近づけて来て、恨めしそうに言った。


「は!? 覚えてねーよ! 誰だよてめぇ!」

か。じゃなくて」

「――――!」


 ……しまった。

 慌てて口を塞ぐが、もう遅い。

 積み上げてきた立ち位置は、一瞬にして崩れ去った。


【Dチームのチヒロにゃんの移動可能範囲が消滅したにゃ。チヒロにゃんは、ゲーム終了までそこで待つにゃん】


「はっ、ばっかじゃねーの! 俺に勝ったつもりが、自分の首締めてらぁ!」


 もう、取り繕うのは止めた。

 少し考えてみれば、クラスでの立ち位置なんて、今やどうでもいいことだった。

 一番大事なのは、他を蹴落とし生き残ること。「かごめかごめ」では真っ先にオニを立候補して、「さっちゃん」の豹変後がテケテケだと知ってからは、壁際で寝そべり、ステルスを極めた。


「ユウスケェ!! みっともないぞ! 悔しかったら、さっさと肉球集めてこい! その後、みっちり説教して、警察に突き出してやる!」


 途端に教師が説教をかましてくる。

 今まで気づきもしなかったクセに、子どもの演技に騙されてたクセに、情けねぇババアだ。


 蔑まれようと構わない。陥れてやるだけだ。

 俺は、このゲームも生き残って――――。


【Aチーム、脱落だにゃ!!】


 肉球とかいうクソ仕様のせいで、俺はあっけなく脱落した。



 ◇ ◇ ◇



「ん……?」


 昼寝から覚めたみたいな感覚だった。

 目を開けたら、俺は舞台袖にいた。

 どういう状況なのかは、説明されなくても理解していた。


 俺、五月祐輔は脱落した。

 そして俺は今、GMとしてここに立っている。

 俺がするゲームの内容、生存者のデータは、すべて頭に入っている。

 与えられた役は、「浦島太郎」。俺は今、着ぐるみを着て「桃太郎」と「金太郎」と共に並んでいる。

 正体がバレてはいけない。バレない限り、神みたいな力を使って、自由にゲームを取り仕切ることができる――。


 着ぐるみの中で、俺はニヤリと笑った。

 何故なら、「浦島太郎」はプレイヤーの苦しむ顔を、存分に堪能することができるのだから――。
















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