43話 やぎさんゆうびん・開幕

【メエェ】


 てるてる坊主が上へ消えていき、舞台袖からヤギの被りものをかぶった2人の人間が姿を現わした。

 彼らは歌詞のとおり、それぞれ白いヤギと黒いヤギの被りものをしていた。


 スクリーンが降りる。

 白ヤギと黒ヤギは、スクリーンを挟んだ左右に立った。


『やぎさんゆうびん ~ヤギが吐いたてがみのなぞをとけ~』


 スクリーンに、ポップな文字が映し出された。

 ほどなくして画面が切り替わり、ルール説明へと移った。


『このゲームは、謎解きです。プレイヤー全員で協力し、手紙の謎を解いてください』


 明らかな機械音声が流れ、スクリーンに映し出された文字を読み上げた。


「このゲームマスター、喋んないのかな?」


 ミナミが呟く。


「まさか――――」


 ミナミの呟きを耳に入れた高橋は、血眼で辺りを見渡す。

 彼が探すは木戸千尋。眼帯をつけた女子児童だ。

 だが、彼女は「三太郎」のゲームで死亡してしまったようで、その姿はなかった。


 緊迫した表情で、勢いよくステージを見上げる高橋。

 だが、すぐにその表情を緩め、首を横に振った。


(……いや。ヤツもそこまでバカじゃないだろう。さっちゃんの例もあるし、呼び出すGMの手数は膨大なはず。喋れない=木戸千尋だと断定するのは、浅はかだな)


 GMを処刑に追い込み、ゲームを強制的に終了させるほどの効力を持つ「正体当て」。強力だが、その分外した時の代償もかなりのものだろう――高橋は、このまま様子を見ることにした。


『問題は、全部で7問です。制限時間はありません。なお、ゲームクリアに正答率は関係ありません。問題がすべて終わった時点で、ゲームは終了です。生存者は、次のゲームに移ることができます』


「……? だいぶユルくねーか?」


 シュウヘイが呟く。


「まだ分からない。最後まで聞こう」


 カヅキが真剣な顔で言った。


『まず、片方のヤギがもう一方のヤギに手紙を送ります。手紙を受け取ったヤギは、その手紙を読まずに食べてしまいます。ヤギは「しまった」と思い、慌てて手紙を吐き出します。ですが、手紙に何を書かれているのか分からなくなってしまいました』


 かわいらしいポップな絵の図解とともに、無機質な声で説明がなされる。


『そこでみなさんの出番です。ぐちゃぐちゃになってしまった手紙の謎を解き、食べちゃったヤギのもとへ持っていってあげてください』


「え、ゲロついてるってこと? やだぁ……」


 ミナミが顔を顰める。

 ほとんどのプレイヤーが同じことを思っていたようで、辺りが少しざわついた。


『手紙の内容は、今ここにいる皆さんのうち誰か1人を示しています。プレイヤーの皆さんは、手紙が示す人物を話し合い、答えを導き出してください。そして、答えに該当するとされたプレイヤーが、食べちゃったヤギに手紙を持って行ってあげてください』


 プレイヤーの懸念はフル無視で、説明が続けられた。

 やはり、音声に意思はないようだ。


『手紙を持っていったプレイヤーが正解ならば、そのまま手紙は受理され、ヤギが食べてくれます。しかし、不正解のプレイヤーだった場合、プレイヤーごとヤギに食べられてしまいます。どちらの場合も、次の問題に移ります』


 なるほど逆か。

 その場の誰もが思った。

「ねこふんじゃった」までは、代表に選ばれた者が他プレイヤーの命を握っていた。

 だが、このゲームにおいては、命を懸ける代表者を選定する。まるで生贄だ。

 どう足掻いても犠牲者が最大7名と、圧倒的に数が少ないのもタチが悪く、まるで人間の生存意欲を弄んでいるようだった。


『蛇足ですが、送る方と食べる方のヤギは、1問ごとに交代します。お間違えの無きよう』


 そのアナウンスの後、ヤギたちは軽快にステージから降りた。

 白ヤギは左端を、黒ヤギは右端を走ると、体育館の中ほどで止まった。


『それでは、ゲームを始めます。皆さん、体育館の中心に集まってください』


 アナウンスに従い、プレイヤーたちは指定された場所へと集まった。

 移動が完了すると、白ヤギが口をあんぐりと開けた。

 開かれた口は、被り物とは到底言えぬほど生々しく、歯はびっしりと生え揃い、唾液の糸が引いている――まさに、獰猛な獣さながらだ。


 本物としか思えぬ口腔内から、1枚の紙が取り出される。

 白ヤギは、立ったまま何かつらつらと綴ると、紙飛行機を作って黒ヤギに飛ばした。


【メェェ】


 歌のとおり、黒ヤギはそれをむしゃむしゃと食べた。

 数秒後、ヤギの目がかっと開き、口からくしゃくしゃの紙を取り出した。


「うっわきたな……」


 嫌悪感を露わにするプレイヤーたち。

 それに構う様子もなく、黒ヤギは手紙をふわっと投げた。

 すぐに地面に落下するような投げ方だったが、不思議と手紙はわたげのように宙を舞い、プレイヤーたちの上に飛んできた。


「えっ、待って。取りたくないんだけど」


 ドン引きしながら、ミナミが言った。


「おれもやだ」

「とってよーー! 男子でしょ!?」

「おれだって汚ぇもんは嫌だっつーの!」

「とったどーー!」


 ケンカをするミナミとシュウヘイの後ろから、背の低い男子児童が踊り出る。

 彼はぴょんと高く飛ぶと、何のためらいもなく手紙を取った。


「おめぇら何でそんなためらってんだ? めっちゃいいニオイだぞ、これ」


 盛大にドン引きする皆に、ひらひらと紙を見せびらかす男子。

 始めは嫌がっていたプレイヤーたちだったが、徐々に嫌悪感を薄れさせていった。


「あれ……。なんか、めっちゃいい匂いしね?」


 シュウヘイが呟く。


「分かる。甘いケーキの匂いだ……」


 顔を緩ませながら、ミナミが言った。


 じゅるり。

 後ろのほうで、涎を吸う音が聞こえた。

 ミナミが振り向くと、桑原が緩んだ顔で口元を拭っていた。


「何見てんのよ!」

「あっはははは!」


 高橋が笑いながら、鬼の形相をする桑原の傍らにやってきた。


「可愛いところもあるんだね、桑原先生」

「ちっ、ちが……! これは、最近甘いの食べてなかったから……っ」

「はいはい。おーい、えっと――」


 言い訳する桑原を軽く流し、高橋は手紙を取った児童を呼ぼうとする。

 しかし、彼の名前が分からず言葉を止めていると、察した男子児童が自分を指さして言った。


「おいらは八木綴やぎつづるだ!」


 ――――場は抱腹絶倒と化した。











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