38話 金太郎・決着

【いだいいいいいいいい! いだいよおおおおおおお! やめてけろ……っ、やめでえええええええええええ!!】


「桃太郎」をクリアし、体育館へと戻された男子児童の目に飛び込んできたのは、地獄絵図。

 悲痛な叫び声をあげる金太郎と、その局部をひたすら蹴り上げる桑原、ドン引きして固まる他の児童。何故か約一名ダウンしている女子。

 あまりに酷すぎる光景に、男子児童は呆気にとられ立ち尽くした。


「何泣きごと言ってんだ、クソガキ人形! 何しても良い、自分は動かない! てめぇが言い出したんだろうがあ"ぁん!?」


【言っだ! 言っだけんどおおおおおおお!! いでぇよ、許しでええええええええ!!】


「どの口が言ってんだ、この野郎!」


 ドスッ!!

 ヒールのつま先で、全力で局部を蹴り上げる。


「なぁ、シュウヘイ……。どういう状況なん?」


 桃太郎をクリアした男子が、シュウヘイに話しかけた。


「おれも理解したくない……」


 げんなりとして、シュウヘイは答えた。


「おい、野郎ども!」


 桑原の怒号が飛ぶ。


「てめぇらも手伝え! こいつ、どんだけ弱らせても白線の外追い出せねんだよ! そろそろつま先痛ぇから手伝え!!」


 そう叫ぶ桑原の顔は、まさに般若だ。

 その場の全員が怯える中、ミナミが静かに起き上がった。


「おい、手伝えっつってんだろ! この腰抜けどもがぁ!!」


 トントンとつま先で床を叩き、準備運動をしているミナミに、桑原は気づいていない。


「おい、聞いてんの――」


 桑原があっちを向いた隙に。

 ミナミは力いっぱい地面を蹴ると、桑原を間に挟んで金太郎に飛び蹴りを入れた。


「なっ……」

「あっ――」


 2人と1体の倒れる音。

 言葉を失うプレイヤーたち。

 数秒後に、ゲームクリアの文字が、スクリーンに表示された。


「がはっ、げほ……っ」


 子どもの力とはいえ、全速力ダッシュからの腹蹴りをもろに食らえば、ただでは済まない。

 桑原は腹を抱えてえずくと、横に倒れるミナミを睨みつけた。


「こんの、ガキィッ!」


 掴みかかろうとした手を、金太郎が制止した。


【情けねぇぞ、おめぇ。やるならオラが本気で相手すっぞ】


「くっ――――」


 金太郎が腕に込めた力は、桑原が全力で足掻こうがビクともしないものだが、かなりの手加減がされている。

 金太郎が本気を出せば、彼女の腕など容易く粉砕する。

 それを理解していた彼女は、大人しく引き下がった。


【けんど、おめぇには感服した。オラを恐れねぇ度胸、タマを狙ってくる作戦……。オラ、里の人間を甘く見でた。完敗だ】


「……そう」


 つい先ほどまでは悲鳴をあげていたのに、いとも簡単に相手を認める心の広さに、桑原は少し驚いた。


【あと、そこのおなご!】


 びし、と金太郎が指さすのは、ミナミだ。


【おっかね大人に立ち向かい、オラごと倒す勇気。すごかったど。オラ、おめに惚れちまった】


「え"えええええええ!?」


 ぽっと頬を赤くする金太郎に、ミナミはツインテールを逆立てる勢いで驚いた。

 だが、金太郎はすぐにしょんぼりと俯く。


【けんど、そら叶わん恋だ。オラは囚われた身……。あいつには敵わね】


「囚われた身? どういうこと?」


 その問いに金太郎は答えず、のっそりと立ち上がった。


【以上をもって、げえむ「金太郎」は終了だ。他のげえむが終わるまで、この場所で休め。いねぇだろが、他のげえむに参加してぇ奴は、オラに一声かけてくれ。オラはステージの上に立っているでな】


 そう言うと、金太郎はひょいとステージに飛び乗ると、最初に並んだ位置に立った。

 それからというもの、金太郎は魂が抜けたかのように、その場から動かなくなった。


「あ……、え?」

「ミナミ!!」


 状況をいまいち呑み込めていないミナミの肩を、シュウヘイが叩いた。


「喜べよ! ゲームクリアだ。おれら、生き残ったんだ!」

「あっ……!」


 桑原に報復することで頭がいっぱいだったミナミは、「ゲームをクリアして死なずに済んだ」という事実を忘れていた。

 それを理解すると、じわじわと喜びが込み上げてくる。


「やったああああああ!!」


 ミナミは両手をつきあげてジャンプした。

 喜ぶ2人の所に、遅れてショウタがやってくる。

 ミナミ、ショウタ、シュウヘイの3人は、各々の生存を祝い合った。


「あ、」


 ふいに、歓喜する児童たちの後ろで佇む桑原と目が合う。

 ミナミは目を背けるも遅く、桑原はツカツカと3人のもとにやってきた。


「5年3組の日高美南。覚えたわよ」

「は……、はぁ……」

「今回は見逃してあげるけど、次のゲームから覚悟しておきなさい」


 桑原は、ミナミの耳に唇を寄せる。

 そして、ショウタとシュウヘイには聞こえない声で、囁いた。


「殺す」


 刹那、研ぎ澄まされた包丁で刺されたかのような錯覚に陥る。

 ミナミはへたへたとその場に座り込んだ。

 桑原はフン、と鼻を鳴らすと、すぐに離れていった。


「ミナミ、大丈夫か?」

「しぬかと思った……。でも、すっきりした」


 そう言ったミナミの表情は、晴れ晴れとしていた。

 いつもの快活な彼女に戻ったことに安堵し、ショウタもシュウヘイも笑みを浮かべた。


「あっ!」


 ふいに、ミナミが思い出したように言うと、勢いよく立ち上がった。

 そして、眉を八の字に垂れさせると、深々と頭を下げた。


「ごめんなさいっ!」


 謝罪を口にするミナミに、2人とも目を丸くした。


「私、カイトが死んで、やけくそになってた。2人にも、すごくいやな態度とっちゃった……」


 申し訳なさそうに、ミナミは言う。

 2人は一瞬顔を見合わせたが、すぐに笑顔を見せた。


「気にすんなって。幼馴染みが死んで、平然としてるほうが怖いわ」

「ぼくの方こそ、ごめんなさい。ミナミさんの気持ち、考えられていませんでした」

「気にしないでよ、ショウタ。ショウタが止めてくれなかったら、死んでたかもしれないんだから」

「うっし。じゃ、仲直りってことでいいよな!」


 シュウヘイが、2人の肩に手を回した。

 なんだかおかしくなって、3人は心の底から笑った。


(人がたくさん死んだ。大切な人も、身近な人も、クラスメイトも先生も。みんな死んでった)


 ミナミは思う。


(でも……、こんな、絶望的な状況だからこそ。笑顔を忘れたらダメだ。笑える時に、笑うんだ)


 目の前で消失した幼馴染みを偲びながら。


(カイト。あなたの分まで、生き延びてみせるから!)






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