19話 ねこふんじゃった・2ターンめ

【Aチーム、マスを進むにゃん!】


「そうだな……」


 しばし考えた後、ユウスケはざっと他のチームの位置を見渡した。

 最も近い位置にいたBチームは、ユウスケから離れた。他チームとの距離も遠い。


(わざわざこっちからケンカ吹っ掛けることもないな。ここは無難に――)


 ユウスケは左へ1マス進むと、そのままステージ側へと戻った。

 アナウンスは鳴らない。


「っ! 弱気になりすぎたかな」

「いいや、ナイス判断だ! ビリ以外ならどれでもいいんだから、生き残ることだけに集中しなさい!」


 柴田がすかさずフォローを入れる。

 ユウスケは親指をぐっと立てて答えた。


【続いて、Bチーム! 進むにゃん】


 桑原は迷わず右へ5マス進む。

 猫の鳴き声が、1回鳴った。


【Bチーム、肉球1つゲットだにゃん!】


 アナウンスが鳴るが、誰もがそれをスルーした。

 なぜなら、桑原の進んだ方向は――。


「わお。近いですね、桑原先生」


 高橋の真隣。

 まだ2ターンめ、進む方向はいくらでもある。

 それにも関わらず、桑原は、高橋めがけて一直線に向かって行ったのだ。


「あの先生、何考えてるの……!?」


 ミナミが顔を青くしながら言った。


「分からない……。今は押し相撲する意味がない」

「そもそも、大の男に力勝負で勝てるわけねーじゃん。マジで何考えてんだ」


 ショウタとシュウヘイが呟く。


【お次はCチーム! すぐ横に美人さんが迫って来てるけど、高橋にゃんは答えるのかにゃ? はたまたフってしまうのかにゃ~?】


「う~ん、そういうんじゃないけどね。ま、冷静に考えて――」


 高橋は、桑原からくるりと背を向け、左へ5歩進んでいった。

 猫の声が、1回鳴った。


【Cチーム、肉球1つゲットだにゃ! すごいにゃ、一気に3コも集めちゃったにゃ!】


「あはは、運が良かったよぉ」


 照れくさそうに高橋は言う。

 またもクラスの児童の声援が鳴った。


「っ……」


 桑原は、ギリリと歯を噛みしめた。


(何でよ……っ)


 その目は、恨めしそうに高橋の背を睨みつける。


(何であなたは、私のモノにならないのっ……!)


【続いて、Dチーム。好きな方向に5マス進むにゃ~ん!】


 ミケのアナウンス。

 桑原は正気に戻り、怒りを鎮めた。


(待ってなさい、高橋幹人。私が必ず、あなたを――)


 赤い唇が、いびつな笑みを浮かべた。


「にゃお~ん」


 カナが右へ1マス足を進める。

 そして、進路を変えず右へ4マス。

 猫の鳴き声が、2回鳴った。


【Dチーム、肉球2つゲットだにゃ! にゃかにゃかやる~!】


「やった!」

「いけそうだね!」


 Dチームのメンバーは、顔をあわせて喜んだ。


【最後、Eチーム! 好きな方向に5マス進むにゃ~ん!】


「よ~し、いっくぞ~! 前進あるのみっ!」


 森口は意気込むと、前に5マス進んだ。


【シャーーーーッ!!】


 5マス目のところで、威嚇音が鳴る。


「えっ? な――」


 きょろきょろと辺りを見渡す森口の足元から、しっぽが2つに分かれた猫(猫又)が飛び出してきた――かと思えば、次の瞬間には、森口の体は木っ端みじんに切り裂かれてしまった。


「ぎゃあああああああああああああ!!」


 散らばる肉片、赤く染まるタイル。

 付近にいた桑原の顔と服に、べっとりと返り血がついた。

 恐ろしい光景に、悲鳴があがる。


【あ。ねこふんじゃったにゃ】


 ミケが、アリを踏みつぶしたかのような調子で呟いた。


【って! 早すぎだにゃ! まだ2ターンめにゃ。どんだけ豪運なんだにゃ!?】


 ミケがツッコミを入れるが、当然拾う者はいない――と、思われた。


「ちょっと!!」


 桑原が、鬼の形相でステージを見上げ、吠えた。


「血ィついたじゃない! どうしてくれんのよ!? くっさいし! 汚いし! 最悪だわ!!」


 皆が怯える中、桑原ただ1人が、怒り心頭としていた。

 ――それも、自分の都合で。


「ああもうっ。もうこのスーツ使えないじゃない! おい、クソ猫! おまえも死体処理できんだろ! さっさとクソジジイの肉片消せ!! クソが!!」


 体育館中に響き渡る罵詈雑言。

 もの静かで上品な「桑原先生」を知る者も、そうでない者も、唖然として彼女を見た。


「……っ」


 ミナミは無意識に、ユウの肩を抱いた。


「やはり……そうですか」


 カイトが口元に手を当てながら、呟いた。


「何がですの?」


 エリカが聞き返す。


桑原愛美くわばらあいみ。2年2組の担任の先生。彼女のこともまた、観察しようとしたのですが――恐ろしいナニカを感じて、開幕1分で止めました」

「あなたがですの……!?」


 カイトのクラスメイトであり、彼の行き過ぎた人間観察僻を知っているエリカは、驚愕して口元を覆った。


「……やはり。いちばん恐ろしいのは人間ですね。アレを作り、裏で操作し、声を当てているのもまた人間でしょう」

「まだそんなこと言ってんの?」


 呟くカイトに、フウカが突っかかった。


「どう考えても、オバケでしょ。あんな大きな物体をふよふよ動かしたり、あんなにリアルな下半身のない女の子を作って操るなんて、人間にできる? セットだってそうだよ。突然縄が上から降ってくるわ、謎の場所にワープするわ、床が変わるわ……、これ全部、人間のしわざだっていうわけ!?」

「ええ」


 具体例を並べた説得力の強いフウカの意見を、たった2文字で一蹴するカイト。

 フウカも絶句し、硬直したが、すぐにため息をついて切り替える。


「うん、でも、そうね。あいつらの正体なんて、どうでもいいわね。まずは目の前のニンゲンをどうにかしないとだし」


 フウカはそう言って、驚愕の表情で立ち尽くす高橋に目を向けた。


(妹のホノカの話が本当なら、高橋先生があの女をなんとかしてくれるはず。それに賭けるしか、ない!)


【……び、びっくりしたにゃ。おどかさないでほしいにゃ、猫は繊細なんだにゃん……】


 しばしのフリーズの後、ミケが言った。


【わかったにゃ。お望みどおり、Eチームの死体は消滅させるにゃ】


 ミケの言葉の後、タイルに広がった赤が消えた。

 それとともに、桑原についた返り血も綺麗さっぱりなくなる。


【こほん。びっくりした空気のなか悪いにゃ。Eチームは、代わりのプレイヤーを選んでもらうにゃん】


「はぁ~い」


 アナウンスから間髪入れず、1人の女子児童が軽い調子で手をあげた。

 彼女は、森口に茶々を入れていた少女、日ノ瀬明理だ。


「あたしがやりまぁす」


【立候補ありがとにゃん! 他に代表をやりたい人はいるかにゃ?】


「いないでしょw あたしにやらせてって」


【了解にゃ! じゃあ、アカリにゃんは、Eと書いてあるマスに立つにゃん!そこから5マス進んでにゃん!】


 ステージから見て左から7番目、奥から9番目のマスが分かりやすく発光する。

 アカリは、淡々とした足取りで指定されたマスへ向かう。


【森口にゃんが集めた肉球は0だから、引き継がれる肉球はないにゃ】


「チッ……。あのじじぃ、マジで役立たずだわ」


 小声で悪態をつきながら、右へ2マス、奥へ3マス進む。

 カナだけが、彼女の悪態を聞き取った。


【Eチームの移動が終わったにゃ~! それじゃ、3ターンめ、スタートにゃ!】


 あつめたにくきゅう

 Aチーム……1コ

 Bチーム……1コ

 Cチーム……3コ

 Dチーム……2コ

 Eチーム……0コ


 犠牲者……教師1名

 残り、148名。















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