支配の女王

セミ山を登る

 翌朝、タローは太陽が昇りきってから目覚めた。ハナは既に起きていて、タローが目覚めるのを待っていた。


「おはよう、タロちゃん」

「おはよう……朝ご飯は?」

「まだ」

「先に食べてても良かったのに」

「一人じゃ味気ないでしょ」


 それは「ハナが」一人ではという意味だったのか、それとも「タローが」一人ではという意味だったのか、タローは少し考えたが、わざわざ本人に聞いてまで確認することでもないと思って、何も言わなかった。


 二人が朝食を取ろうと部屋から出たところ、迎賓館の女性職員が待ち構えていたかのように、二人に近づいて食堂まで案内する。

 ウィント市の迎賓館の中には、多くの親衛隊員がいた。それぞれ数人ずつで各所を見張っている。ウェイターやウェイトレスのような服装をしている迎賓館の職員とは違って、彼らは軍隊や警察に近い服装なので、見分けるのは容易だ。

 警戒されているとタローもハナも感じる。いったい何を警戒しているのか? それはクダリの逃亡。敵襲への警戒なら、迎賓館の外で待っていれば十分だ。大勢で内部に押し入る必要はない。

 やはりトウキの話は真実なのだと、タローは少しずつ確信を強めていった。


 朝食には和食が用意されていたが、食堂内にも親衛隊員がいたので、タローもハナも落ち着かない気持ちだった。何か悪いことを企んでいるわけではないのだが、ジッと見張られている気がするのだ。

 朝食を取り終えた二人が部屋で休んでいると、すぐに親衛隊員が声をかけてくる。


「間もなく出発の時間です。準備はお早めに」

「はい」


 タローがドア越しに返事をすると、親衛隊員は立ち去った。

 ハナは不安な目でタローを見つめる。


「タロちゃん、私たち大丈夫かな……」

「ここまで来たら、なるようにしかならない」


 客人としての待遇も、そろそろ終わりが近づいている。いつまでも都合のいい生活はできないのだと、タローは覚悟を決めた。



 それから二人は親衛隊の馬車に乗せられて、セミ山に向かう。

 セミ山はウェイン市の北東にある、この大陸では最も高い山だ。その頂に、女王の居城がある。

 二人と親衛隊は、セミ山の麓までは馬車で移動して、その先は城まで直通のロープウェイに乗ることになっている。


 ケーブルに吊られたゴンドラからの眺めは、遥か遠くの水平線まで見渡せる絶景。平時ならば、ちょっとした旅行気分でいられるのだろうが、今のタローは真剣に女王を殺した後のことを考えていた。

 地上へと繋がる道は、このロープウェイだけ。女王を殺しても、城から逃げ出すのは簡単じゃないだろうなと、彼は表情を引き締める。

 ハナも無言でタローの顔を見つめていた。

 そんな二人に女性の親衛隊員が声をかける。


「緊張されているのですか? 大丈夫ですよ。女王陛下は寛大なお方で、クダリの方々の事情にも理解があります。細かい礼節に拘られることはありません」

「はい……」


 タローは無気力な返事をした。この女性隊員のように、親衛隊の中でも女王の真意を知らない者がいるのだろう。女王を殺せば恨まれるだろうし、本当のことを言っても信じてもらえないだろうと思うと、彼は気が重くなるのだった。

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