武術大会 前編
翌日、ハナとタローは男女一組の警備員を護衛に連れて、四人でエトラ市の街中に出かけた。まさに今日が武術大会が開催される日だと聞かされたのだ。二人はお世話になったガルニスを応援するつもりで、市内の闘技場に向かった。
闘技場は市の南西部にあり、同市内の他の主要施設からは遠い。
武術大会は全土から血の気の多い者たちが集まるだけに、普通なら取るに足らないようなことでも、大きなトラブルに発展してしまう。腕自慢の参加者ばかりでなく、観客の中にもケンカっ早い者や騒動の好きな者、煽り屋たちがいる。
はっきり言って、用もないのに闘技場に集まってくるような人間は、市内の者にはあまり好まれていない。闘技場の周辺には警備員が常駐しているし、大きなイベントでもなければ、普通の人が近寄ることもない。逆説的に、普段から闘技場を利用している人間は、それなりの実力があると自負している腕自慢に限られる。
馬車で闘技場の前に着いたハナとタローは、護衛の警備員二人に忠告される。
「お二人とも絶対に私たちの側を離れないでください」
「逸れたら何が起こるか分かりません」
二人は緊張した面持ちで頷く。
闘技場の中は見物人でごった返していた。砂の敷き詰められたフィールド上では、既に一対一の戦いが始まっている。しかし、ガルニスの戦いではない。
護衛の二人はクダリの二人を真っすぐ二階の貴賓席に案内した。ハナもタローも、近くでガルニスの勇姿が見られないことを残念がる。
タローは護衛の男性警備員に尋ねた。
「遠くないですか?」
「安全のためです。近すぎると何かの弾みで武器など飛んできますので」
そう言われてしまっては、どうしようもない。
落胆する二人をフォローするように、女性警備員が告げる。
「ガルニスさんの戦いは、この試合の三つ後です。気長にお待ちください。もし興味がおありでしたら、私が出場者の解説をいたします」
「えぇと、では、お願いします」
タローが女性警備員の提案に頷くと、彼女はニッコリと笑って、とうとうと出場者のプロフィールを語りはじめた。各出場者の出身地、流派、得物、予想順位などを、迷いなく述べることから、彼女はかなりの武術マニアだと分かる。
「お詳しいですね……」
ちょっと引き気味にタローが言うと、女性警備員は早口で答える。
「誰が優勝するか、どちらが勝つか、そういう話は二の次です。出場者にはそれぞれ戦う理由があります。勝敗だけが戦いの全てではありません。勝っても負けても明日があり、また次の戦いがあるのです。本物のファンは武術家たち一人一人の生き様、人生というドラマを追うのです」
彼女の熱意にはついていけそうにないとタローが閉口する一方で、ハナはそういう見方もあるのかと感心していた。
細かい情報までは必要としていないタローは、女性警備員に単刀直入に問う。
「ガルニスさんは、どのくらいの強さなんですか?」
「ルミエのガルニスは武術家の中でもトップクラスの実力ですが、優勝候補には遠いというのが正直な感想です。一回戦、二回戦は突破できるでしょうが、決勝まで残るには運が必要かと」
「優勝候補は誰なんですか?」
「三つの巨壁と呼ばれる最強クラスの実力者がいます。一刀両断のセッパー、後手のエンコン、スナイパー・オッフォ。三人とも年齢的に成熟していて、完成した強さを誇ります。ガルニスの属する若手グループが三人を上回るには、彼らの老いと衰えを待たなければならないでしょう」
厳しい見方ではあったが、ゆえに信用できるとタローは感じた。
しかし、ハナは強気に宣言する。
「それでも私はガルニスさんを応援しますよ! ガルニスさんなら優勝できるって、信じてます!」
「あなたはファンの鑑ですね」
女性警備員は深く頷き、彼女を肯定した。
商売でも賭けごとでもないのだから、好きな人を応援すればいいのだ。
勝てばうれしい、負ければ悔しい。その勝敗の一瞬だけでも心をともにするのが、応援者なのである。
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