武術大会 後編
ハナは女性警備員の解説を聞きながら、真剣に眼前の勝負の結果を見守っている。一方でタローはガルニスの戦い以外には興味を持っていなかった。皮肉にも、昨晩の会話とは正反対の態度。
タローは暇潰しの話題作りに、女性警備員に問いかける。
「あなたは誰のファンなんですか?」
「え? 私ですか? そうですねぇ……。ファンというほどではないのですが、目をつけている人ならいます。ニッカールコという槍使いで、実力的にはガルニスさんと同じ若手グループの一人です。巨壁には及びませんが、彼もなかなかの戦士ですよ。ガルニスさんとは四回戦で当たります。楽しみですね」
タローもハナと同じく、お世話になったガルニスには勝ち上がってほしいと思っているので、強敵と当たると聞いて「楽しみ」だとは思えない。
しかし、勝負は勝負なので、優勝を目指すなら強敵との戦いは避けられない。それは頂点に挑む者なら誰でも同じだ。
(武術、大会、試合、勝ち上がり……)
その時、タローは何かを思い出しかけていた。
(覚えがある。何だろう? 柔道、空手、剣道? 俺は武道の経験があった?)
彼には一対一の真剣勝負の感覚がある。それが何の競技の記憶かまでは分からないのだが……。
(武道とは限らないか? テニスや卓球も一対一だ。野球もある意味では)
まじめな顔で悩む彼に、男性警備員が声をかけた。
「タロー様、どうされました?」
「いや、ちょっと何かを思い出しそうだったんで……」
「もしや記憶が?」
「はい。何か部活をやってたと思うんですよ。そう、俺は学生だったんです」
「ガクセイ? ブカツ? タロー様は学士だったのですか?」
「学士なんて立派なもんじゃないですけど……。一対一の状況に覚えがあるんです」
「武術の心得がおありなのですか?」
「武術とは限らないんですけど……。まあ、いつか思い出せると思います」
これ以上は説明しても伝わらないだろうなと感じ、タローは理解してもらうことを諦めた。この世界では中学レベルで学業を終えて、就職するのが一般的なのだ。それ以上の時間を勉学に費やす者は、学者になろうとする者だけ。
そうこうしている内に、ガルニスの試合が始まった。女性警備員の解説によると、対戦相手の名前はケサロ。ヒシテー大陸南部のクス市の出身で、あまりデータの無い新参者とのことだった。
「ガルニスさん!」
ハナはフィールドに出たガルニスに、声をかけて手を振ったが、残念ながら届いていない。貴賓席はフィールドから遠いので、かなりの大声を出さなければ、他の観客の声でかき消されしまう。
ガルニスは二節棍を持っているが、ケサロの武器は不明。ゆったりした黒いローブを着ているので、武器を隠し持っている可能性が高いと、女性警備員は予想した。
武術大会は殺し合いではないので、鋭利な刃物の使用は禁じられている。ゆえに服に隠せる武器も、打撃用の小さい棍棒か、木製のナイフぐらい。試合前には身体検査も行われるので、それほど危険な武器は持ちこめない。ただ手の内を隠すだけだ。
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