逃れていた者たち

「くっ、撤退だ! 撤退! 出直すぞ!」


 タローの剣の隠された性能に驚いた女王のしもべたちは、再び撤退していった。

 タローとマリは脱力して、座りこむ。

 まさか女王のしもべが神器を持ち出してくるとは、誰も思っていなかった。ただ、マリを除いては……。彼女はタローに小さく頭を下げる。


「タローくん、ありがとう。みんな生き残って良かった。女王のしもべが神器を持ち出してきた時は、もうダメかと思っちゃった」

「いや、そんな、お礼なんか言わなくていいですよ。……オレの方こそ、マリさんの神器がなかったら、どうなっていたか」

「ううん、そうじゃなくて。レジスタンスのみんなが捕まった時も、親衛隊が神器を持ち出してきたの。それで、ちょっと、トラウマ……みたいな」

「そうだったんですか……」


 警備隊の者たちは、惑わしの森を攻略するのは容易ではないと言っていた。

 それなのにあっさりレジスタンスの者たちが親衛隊に捕まったことが、タローには不思議だったが、その謎が解けた。

 暗く沈んだ表情をするマリを、タローは勇気づけようとして言う。


「でも、もう大丈夫です。どんな神器を持ち出されても、オレは負けません」

「ありがとう」


 カッコつけすぎかなと彼は思ったが、マリが笑顔で応えたので、今はそれで良しとした。



 出端を挫かれた一行ではあったが、負傷者が出なかったことは幸いだった。だが、そのことに安堵しているヒマはない。女王のしもべとの戦いで、また時間を費やしてしまった。一行が改めてエトラ市に向かおうとしたところ、近くの茂みがガサガサと音を立てる。

 思わず身構えた一行の前に、のっそりと茂みの中から現れたのは……クス市出身の武術家ケサロだった。武術大会の時と同じく、正体を隠すような服装だったために、タローは全く彼だとは気づかなかったが、武術家たちはわずかな動作を見ただけで、すぐに正体を見破っていた。

 ケサロはタローとマリに自己紹介する。


「私はケサロという者です。先の戦いの一部始終を拝見しておりました。あなた方はこれから、どうなさるおつもりですか?」


 続く彼の問いかけに答えたのはガルニス。


「どうもこうもあるものか! 乱心した女王を討ち果たさない限り、オレたちに未来はない!」


 それを聞いたケサロは、感動に打ち震えた。


「ああ、やはり! まだ希望は残されていた!」


 彼は平身低頭して、一行に頼みこむ。


「女王を討ち果たされるということは、あなた方はセミ山の頂にある、女王の居城に向かわれるのでしょう? その前に……この近くの森に、わずかながら生き残った者たちが隠れております。彼らに会ってはいただけませんか」

「会ってどうなる?」

「皆、この混沌とした現状に打ちひしがれ、絶望しております。私も同じでした。先の見えない中で、これからどうすれば良いのかも分からず……。どうか彼らにも希望をお与えください」


 ガルニスは仲間たちを顧みて、どうするか問いかけた。今は先を急ぐのだが、生き残った人々を無視するのは心苦しい。

 しかし、ニッカールコは強硬に意見した。


「今は一刻を争う。ガルニス、あんたの故郷があるダイ島にも、いつ女王のしもべが襲ってくるか分からないんだぞ」


 彼の言い分は正しい。ガルニスは八割方、ケサロの頼みを断ろうとしていた。

 その気配を察したケサロは、先を制して言う。


「お待ちください。事情は重々承知しております。しかし、あなた方にとっても損な話ではありません。森の中には避難に使った馬車があります。先を急ぐのであれば、なおのこと足が必要でしょう?」


 そういうことならと、一行は彼の提案を受けることにした。

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