赤に染まる世界

 タローの言葉を受けて、思い当たることがあったマリは、ゆっくりと自分の右手首に視線を落とした。

 右手首に輝く金のブレスレットを見つめて、彼女は小声でつぶやく。


「トウキ……」


 それこそがトウキが姿を変えた神器だと、タローは確信する。


「トウキさんは生きています。神器に姿を変えて、マリさんを守っているんですよ。ボクの剣も……」


 タローは手に持った剣に目をやって、ハナとの思い出を振り返った。

 ここ降臨の地でタローはハナと出会った。それがはじまりだった。

 ブレスレットを注視するマリの目には、いくらか活力が戻っている。後は時が彼女の心を癒すだろう。


 タローは東の果てに目を向けた。ここからでは雲に覆われて見えないが、その先には女王の居城がある。無意識に剣を持つ手に力が入る。

 その時、東の空が赤く染まりはじめた。夕焼けには早い時間帯で、そもそも太陽は西側にある。

 不自然な現象に、タローは瞠目して肌を粟立たせた。今まさに支配の女王が世界を創り変えようとしているのだ。


「空が赤い……。あれは何?」


 マリも異変に気づいて、タローに問いかけた。

 タローは率直に答える。


「女王が世界を創り変えようとしているんです。ボクたちとレジスタンスの人たち、それと大量のクダリと神器を処分して生み出した、創造の力を使って」

「これからどうなるの?」

「わかりません。親衛隊の人は、女王が神になると言っていましたけど」


 マリとタローの二人は、徐々に濃くなる赤に侵食されていく空を見て、不吉な予感と焦りを覚える。世界が赤に覆い尽くされようとしている。

 マリは立ち上がって、自らタローに問いかけた。


「タローくん、女王を倒すんだよね?」

「はい」


 迷わず即答した彼に、マリは力強く頷き返して言う。


「私も行く。トウキの仇、女王を止めないと。このままだと何か大変な……とんでもないことになる気がする」

「ありがとございます、マリさん。取り敢えず、ルミエ町に下りましょう」


 二人は降臨の地を離れ、ルミエ町へと歩き出した。



 二人がルミエ町に着くころには、空の半分が赤く染まっていた。

 朝焼けのような空を見つめて、ルミエ町の人々は不安そうな顔をしていた。

 そんな中で緑髪の年配の男性が、タローの姿を認めて声をかける。


「おや、この間のクダリ様では?」

「どうも。あの時はお世話になりました」

「いつ戻ってきたんだい? 女王様には会えた?」

「会えましたけど……」


 タローは言葉を濁して、赤い空を見上げた。

 緑髪の男性も、少し遅れて空を見上げる。


「この現象は何だろうね? こんなの、今まで見たことも聞いたこともない」


 タローは正直に答えて良いか迷った。これが支配の女王の仕業だと言っても、多くの人は信じないだろう。女王がクダリを集める真意も知らないのだから。

 タローは事実をごまかしながら言う。


「ちょっとトラブルがあって、ここに戻されてしまったんです。もう一度、女王様に会いたいんですけど」

「それなら町長に相談してみるといいよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 タローはすぐにマリを連れて町長宅に向かおうとしたが、直後に緑髪の男性に呼び止められた。


「そう言えば、いっしょにいた女の子は? その人は違う人だよね?」

「話すと長くなるんですが、そのこともトラブルの一つです」

「何があったんだい?」

「……レジスタンス絡みです」

「おぉ……それは、何とも」


 タローが敢えて曖昧な言い方をしたことで、緑髪の男性はレジスタンスが悪事を働いたのだと察して押し黙った。

 この言いわけは使えると、タローは確信する。今はいないレジスタンスの者たちには悪いと思いながらも、ことは一刻を争う。背に腹は代えられない。

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