不満があるなら

 ハナとタローはガルニスと別れたが、まだ表情の晴れないハナに、タローは思っていたことを吐き出した。


「そんなにガルニスさんといっしょにいたかったのか?」

「違うの。ただ不安で……」

「だったら、女王様の所へはオレ一人で行くよ」

「えっ」

「不安なんだろ? 本当に安心できるかどうか、オレが確かめてくるから」

「違う! そうじゃないんだって!」


 ハナは慌てた顔をするも、その態度がますますタローを不機嫌にさせる。


「取り繕わなくてもいいって。どうせ何も起こらないだろうし」

「タロちゃんもやめとこうよ。女王様と会うのはさ」

「いや、そうもいかないだろ」


 ハナも理解はしているのだ。支配の女王と会わなければ、話が先に進まない。このままで異世界にずっと滞在するわけにはいかないのだから。


「じゃあ、行く。タロちゃんが行くなら、私も行く」

「いいのか?」


 頷いたハナを見て、タローは少し安心した。彼女はタローと別れてまで、ガルニスといっしょにいたいわけではないのだ。

 しかし、どうしてそこまで女王と会うのを嫌がるのか、タローには理解できない。

 当のハナも、ただ予感があるだけ。


 クダリの二人のやり取りを、詰め所の受付の女性は冷めた目で見ていた。よくある痴話ゲンカ。クダリも人間なのだと。


「それでは……今日からはクダリ様をお迎えする施設にお泊まりください。そういう専門の施設がありますので。馬車の手配や女王陛下への謁見など、諸々の手続きには三日程度かかります。そのつもりで」

「あっ、はい」


 タローが頷くと、受付の女性は電話で人を呼んだ。


「今から案内の者が来ます。少々お待ちください」


 それから何分かして、男性の警備員がやってくる。彼はハナとタローを見て、浅く礼をした。


「君たちがクダリ様? 若い子が二人とは珍しい。二人はどういう関係?」

「いや、別にどういう関係でもないですけど……」


 タローはハナに視線を送って苦笑いする。もしかしたら、記憶を失う前までは関係があったのかもしれない。だが、同級生、友達……それ以上の関係だったとまでは、彼は思わない。

 ハナもタローとの関係の説明には困っている。もしかしたら元は関係があったのかもしれないと、彼女も思う。

 クダリが二人同時に現れることは珍しいのだから、偶然ではなく何かの必然の結果と考えるのは自然だ。

 おかしな空気になったので、男性の警備員はすぐに謝った。


「あぁ、深い意味はないんだよ。変なことを聞いて悪かった。とりあえず、迎賓館に案内しよう。もう馬車は呼んである」


 彼はクダリの二人を連れて、詰め所の外に出る。



 タローとハナと、男性警備員の三人が、詰め所の前で待っていると、すぐに馬車がやってきた。三人は馬車に乗って迎賓館に向かう。

 迎賓館はエトラ市の中心にある。クダリのための施設というよりは、名前のとおりに賓客をもてなすための施設だ。

 しかし、この迎賓館にはクダリ専用の宿泊室がある。これまでにこの世界を訪れたクダリが伝えた情報を元に、クダリのために用意された部屋。


 迎賓館のクダリ専用の宿泊室に通されたハナとタローは、現代的な内装に驚いた。全く普通のホテルなのだ。室内はベッドルームとリビングルームとバスルームの三つに分かれており、照明はスイッチ式の電球型蛍光灯。床はラミネートフローリング。ベッドの敷き布団は綿で、かけ布団は羽毛。バスルームに備えつけられた洗面化粧台はセラミック。シャワーがあり、水洗トイレがあり、冷蔵庫まである。

 他にもガラスと陶器のコップ、給湯器、ヤカン、歯ブラシと歯磨き粉、シャンプーとボディソープ、石鹸、入浴剤、カミソリ、爪切り、耳かき、タオルとバスタオル、バスローブ、懐中電灯、手鏡、靴ベラ、ティッシュなどなど……ここにはタローの見知った物が多くある。

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