旅立ち

 翌朝、朝食を取り終えた後の少年と少女の部屋に、燃え盛る炎のような赤髪の青年男性が訪れる。彼が町長の言っていた、この町で一番の武術家だった。


「よう、あんたらがクダリのお二人さんだな? 今日中にこっから南にあるクンダの町に行くぜ。そっから船で島を一つ中継して、三日後には女王様のいるヒシテー大陸に着く予定だ。いいな?」


 有無を言わせない強引さに、少年と少女は頷くしかない。


 青年に準備を急かされて二人が宿を出ると、目の前には既に小型の乗り合い馬車が停まっていた。


「さあ、乗った、乗った。善は急げだ」


 二人はそのまま馬車に乗せられる。

 直後、宿から主人が飛び出してきて、クダリの二人に別れのあいさつをする。


「クダリ様、いってらっしゃいませ! ご無事をお祈りしております」

「お世話になりました!」


 少女は馬車の窓から笑顔を見せ、元気な声で言った。

 一方で少年は不安を顔に表して、青年に問いかける。


「お金は大丈夫なんですか?」

「心配するな。ちゃんと町長から預かってきた」


 金銭の管理を他人に任せるのが心配だった少年は、少し眉をひそめた。

 彼の内心を読み取って、青年は小さく笑う。


「信用できないってか? 安心しなって。オレは町長の息子だ。一族の名に泥を塗るようなマネはしない。馬屋のオヤジさん、出してくれ!」

「あいよー」


 御者の男性は間延びした声で、青年に応えた。馬車は宿の前から出発して、平らに整備された川沿いの道を通り、ルミエ町から遠ざかる。

 少女は窓の外の景色を眺めながら、オリジナルの鼻歌に合わせて体を揺らす。その顔には笑みを浮かべ、全くの旅行気分だった。

 少年は青年を信用しきってはいないが、とりあえずは彼女を見習って、先のことを考えすぎないようにした。



 あまり変わらない山野の風景に、二人がそろそろ退屈しはじめたころ、青年が問いかけてくる。


「ところで、自己紹介がまだだったな。オレはガルニス、世界一の武術家を目指している者だ」

「武術家って仕事があるんですか?」


 少年が素朴な疑問を口にすると、ガルニスは苦笑いした。


「支配の女王は武術に理解がある。定期的に都で武術大会が開かれるから、その賞金で食っていけてる」

「じゃあ、稼げるぐらい強いってことですよね」

「まあ、それなりにはな。当然、今年も大会に出る予定だ。言ってしまえば、あんたらの護衛は、そのついでだな」


 世界一の武術家を目指していて、それなりの強さということは、まだ最強ではないということ。どこまで頼りにしていいものかと、少年は小さな不安を抱く。

 一方で少女は無邪気にガルニスを称える。


「スゴイですね! もしかして優勝しちゃうんですか?」

「……最強の壁は厚いぜ」


 当のガルニスは答えをはぐらかして、窓の外を遠い目で見つめた。

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