初めての夜
少年と少女は町長宅の執事に、町内の宿屋に案内された。洋風建築の旅行者用の宿には、他にも宿泊客が何人かいる。「降臨の地」に最も近いルミエ町は、「クダリが訪れる町」として有名なのだ。
町長宅の執事から大まかな事情の説明を受けた宿屋の主人は、丁寧な態度で少年と少女を迎える。
「おお、その黒いお髪は確かにクダリ様。お部屋はこちらにございます」
少年と少女は主人に、二階にある広い部屋に通された。
内装はキレイに整っており、ベッドもちゃんと二つある。インテリアを見る限り、文明レベルは現代ほどではないが、少なくとも産業革命以後。
これも支配の女王がいるからなのかと、少年は考える。
「お食事は一階の食堂でお取りください。それでは失礼します」
それだけ告げると、宿の主人は二人を残して退室した。
少女はベッドと布団の感触を確かめて、その柔らかさに驚く。
「スゴイ! ふかふかだよ!」
「オレたちがクダリだから、いい部屋を用意したのかも」
少年の言葉に、少女は無邪気によろこんだ。
「みんな親切だし、いい所で良かったね!」
「それはそうなんだけど……」
一方で少年は素直には喜べない。この町の――いや、この世界の人たちはクダリの神器に期待している。もし神器がつまらないものだったなら、どんな風に扱われるか分からない。そう考えると神器を持っていなくて良かったとさえ思う。彼は自分たちの神器が人々の役に立つものであることを願うばかりだ。
「記憶を取り戻すことや、元の世界に戻る方法も、ちゃんと考えておかないと」
「なんで?」
「なんでって……オレたちは神器のために生かされてるようなもんだろ」
「それは悪く考えすぎだよ」
「そうかもしれないけど、人に頼ってばっかりもいられないだろ?」
「まあ、まだ先のことだし、ゆっくり考えようよ」
少女は焦る少年をなだめ、ベッドに飛びこむ。
少年は少女の気楽さを羨ましく思い、彼女に倣ってベッドの上に身を投げた。
それから少女はすぐ眠りに落ちる。
一方で少年は眠れずに、また一人で答えの出ないことをあれこれと考えはじめた。どうしてこの世界に来ることになってしまったのか、元の世界では自分はどんな存在だったのか……。
やがて夕方になり、二人は食事を取りに一階の食堂へ下りる。
異世界でどんな料理が出てくるのかと、少年は心配していたが、牛肉のステーキ・パン・生野菜・玉子と青菜のスープという、少々贅沢ではあるが、ごく普通の料理が出てきたので安心した。
ここはクダリが訪れる町であり、そのクダリにおかしなものがお出しされることはないのだ。ただ、これがこの世界の一般的な料理なのか、それともクダリ用の特別な料理なのかは、二人には分からないのだが……。
夜になると町に電灯の明かりがつく。
少年は宿の窓から外を見て、落ち着かない気持ちでため息をついた。
少女は少年より先に、浴室でシャワーを浴びて、眠りについている。
その安らかな寝顔を見て、昼寝もしたのによく眠れるものだと、少年は半ばあきれながらも、彼女がいて良かったとも思う。
もし自分一人だったら、心細くてしょうがなかった。彼女がいるからこそ、何とかなるだろうと楽観できる。何があろうと自分が彼女を守らなくてはと、少年は心の中で密かに決心していた。
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