クス市へ

 一行は昼前にトーリ町の東の港に着いた。しかし、港は全くの無人。多くの船舶が置いてあるが、船主も船員も存在しない。


「しかたない、勝手に使わせてもらおう」


 武術家の一人が、そう言いながら手近な小型船を調べはじめた。

 タローは眉をひそめて、ガルニスに問いかける。


「ガルニスさん、船を動かせる人っているんですか?」


 勝手に他人の船を使うのは、緊急事態だから認めるとしても、そもそも船をまともに操縦できなければ無意味だ。

 ガルニスは平然と答える。


「大丈夫、大丈夫。あいつ――名前はニッカールコって言うんだが、ちょっとした船なら動かせる。大型の船は無理らしいけどな」

「あの人がニッカールコさん?」

「知ってるのか?」

「はい、名前だけは。エトラ市の警備隊の人が、あの人のファンだと言ってました」

「ニッカールコはエトラ出身だからな。面も良い」


 二人がそんな話をしている内に、ニッカールコが小型船から出てきた。


「みんな! この船に乗ろう! 燃料も十分ある!」


 一行は急いで小型船に乗りこみ、東の港を発つ。

 小型船の動力は蒸気機関。小型でもパワーがあり、快速で海上を走る。

 ニッカールコが言うには、目的地のクス市に夕方前には着く予定だった。



 ニッカールコが操縦する小型船は、予定どおり夕方にクス市の漁港に入る。

 夕方と言っても、空は赤いまま、太陽の位置も変わっていない。

 果たしてクス市は……人が住んでいる街とは思えないほど、不気味に静まり返っていた。まだ日が沈んでいないのに、人っ子一人見当たらない。


「遅かったのか……?」


 タローは不安になってつぶやく。

 一行は慎重に市内に足を踏み入れた。どの家も扉が開け放たれていて、あちこちに乱雑に物が転がっているのが目につく。これまで女王のしもべが人々を消し去るのを見てきた一行は、もう住民は一人残らず殺し尽くされてしまったのだろうと、容易に想像できた。


「女王め、なんてひどいことを」


 武術家の一人が憎々しげに吐き捨てる。もはや女王への敬意など、わずかも残ってはいなかった。


 一行は無人の街中を歩き、勝手に宿を借りることにした。今こうしている間にも、女王のしもべが再び東へ侵攻しているかもしれない。そんな不安を誰もが感じていたが、心身の疲れが残ったままで進んで、倒れてしまっては元も子もない。

 武術家たちは、その辺りはしっかり割りきって体を休めた。

 ただ……タローとマリは、そこまで精神が成熟していない。空が明るく赤いせいもあって、二人は寝つけずにいた。


 マリは眠っている人たちを起こさないように、そっと忍び足で宿の中を移動する。そして、タローが休んでいる部屋をのぞきこんだ。

 彼はベッドの上にはおらず、窓から荒廃した街並を見下ろしていた。


「タローくん、眠れないの?」


 マリが声をかけると、タローは振り向いて答える。


「はい。いろいろと考えすぎてしまって」


 彼はルミエ町やクンダ町、それにトーリ町の人々のことを回顧していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る