大陸までの旅路
港町クンダ 前編
漁業と交易の町クンダは、ルミエより大きな町だ。観光という一点で比較しても、「降臨の地」ぐらいしか有名な場所がないルミエに比べて、豊富な水産資源と整った流通網で栄えている。これはもうクンダがどうこうではなく、ルミエが田舎すぎると言うべきだろう。
しかし、元の世界の常識が残っているタローにとっては、まだまだ発展途上の田舎町という風情だった。建物は低いし、鉄道も通っていない。
一方でハナは素直に感動を口にする。
「わぁ、大きな町ですね!」
それに対してガルニスは苦笑いした。
「ルミエは田舎だってか?」
「あっ!? そういうイミで言ったんじゃないですよ!」
「はは、冗談だよ。ルミエが田舎だってのは事実だしな」
馬車はクンダ町の宿の前で停まった。
三人は馬車から降りて、部屋を取りに向かう。
ガルニスは最後に御者に声をかけた。
「馬屋のオヤジさん、ありがとな。ウチのオヤジにヨロシク」
「あいあい。今度はいつ帰る予定だい?」
「さあね。金がある内は帰らないつもりだ」
「遊びもほどほどにな」
「修行と言ってくれよ」
馬車は宿の前から、船着き場の方面へと移動する。乗り合い馬車なのだから、客を乗せてルミエとクンダを往復しなければ商売にならない。この馬車が運ぶ観光客が、ルミエ町の貴重な収入源でもあるのだから。
今晩の宿を確保した三人は、翌日の船の予約を取るために船着き場へと向かった。何も三人で行く必要はないのだが、ガルニスの提案で、チケットを買うついでに街中を観光するつもりでいる。
特に差し障りもなく乗船チケットを購入できた三人は、予定どおりクンダの市街地を見て回った。案内役は当然ガルニス。
「分かってるとは思うが、クダリだってことは黙ってろよ。面倒の元だからな」
「はい」
タローもハナも同意して頷く。
三人が最初に立ち寄ったのは、海沿いの海鮮市場。漁師たちの競うような呼びこみの声と、それに応じる観光客や商人たちで、市場は賑わっている。
タローは市場に並んでいる魚に目を通して、その色鮮やかさに驚いた。この世界の人々がビビッドな髪の色をしているのと関連しているのか、まるで熱帯魚のような色をしている。ただ、形状の面で奇抜なものは少ない。
一方でハナは魚の種類や大きさに関係なく、どんな魚でも珍しそうに見つめては、感嘆の声を上げている。
「わぁ、スゴいキレイ!」
ガルニスも純粋でリアクションの大きい彼女を案内していて楽しい。
一方でタローは、自分よりも記憶喪失の程度が深刻なハナを、半分は羨み、半分は憐れんだ。何でも素直に受け止め、無邪気によろこぶ彼女はかわいらしいが、脅威に関しても無知なのは怖い。いつか彼女の記憶も完璧に戻るといいのだが……果たしていつになることやらと彼は不安に思った。
三人が町を観光している間、大きな問題は起こらなかったが、あまりに常識に疎いハナを、一部の漁師や商人は怪しんだ。
「これがホントに海を泳いでるんですか?」
「ハッハッハ! お嬢ちゃん、魚を見たことないのかい?」
「はい!」
「えっ……」
万事このような調子である。その度にガルニスは、ハナのことを何も知らない田舎の箱入り娘だと説明しなければならなかった。
当のハナは「無知な田舎娘」呼ばわりされて不満だったが、まさか自分からクダリだと明かしてしまうわけにもいかないので、黙っているしかない。
髪の色が黒い時点でクダリだと見破られてしまいそうなものだが、クダリの存在が広く認知されている世界では、クダリにあやかって、あるいはファッションとして、あえて髪を黒く染める者もいる。特に若い世代や都会の人間に多い。
ゆえに、この世界では「黒髪」と「記憶喪失」の両方がそろって、初めてクダリと認識されるのだ。
ガルニスはタローもハナと兄妹ということにした方が、面倒が少なくてすむだろうかと考えていた。
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