港町クンダ 後編

 海鮮市場を一通り見て回った三人は、次に劇場街に移動した。

 劇場は大きな町には必ずあるが、田舎町のルミエにはないものだ。クンダ町の規模に比べて、少し不釣り合いな大きな建物が、この島で唯一のクンダ芸術劇場。

 だが、ガルニスは劇場の前を通っただけで、中に入ろうとはしない。


「あれ? 入らないんですか?」


 ハナが問いかけると、彼は眉をひそめて答える。


「予算がない。オレが預かってる金は、ルミエから大陸まで三人分の交通費と、その間の飯代、宿代だけだ」


 それを聞いて露骨に残念がるハナ。

 タローは彼女に理を説いた。


「しょうがないよ。これで女王様の所へ行けなかったら、本末転倒だ」

「分かってる。私だってバカじゃないよ」


 彼女の言い添えた一言に、彼は怯む。悪気があったわけではないが、上から物申すような失礼な言い方をしてしまったと。

 ハナは劇場に入れなかったことを残念がった。それは普通の感情である。

 だが、残念がっている彼女を見て、納得していない、理屈を分かっていないと思うことは誤りなのだ。しかし、これまでのハナの行動から、タローが彼女を子供っぽいと思うことも不自然ではない。

 お互いに知らない者同士なのだから、こうして小さな衝突を経験しながら、その人の性格や性質、物の考え方、距離の取り方を測るのである。

 ガルニスはハナの機嫌を取るために言った。


「まあまあ、クンダ名物『魚の挟み焼き』ぐらいなら買ってやれるから、それで勘弁してくれ」


 そうして三人が向かったのは、劇場街の通りにある露店。看板にはミミズが這ったような文字が書いてあるが、タローとハナには読めない。

 露店の店員が売っているのは、焼いた魚を二枚の薄いパンで挟んで、ホットサンド風にした食べ物。これが「魚の挟み焼き」なのだと、タローもハナも一目見ただけで分かった。

 挟む魚やトッピングを選べるようで、ガルニスはどれが食べたいか二人に尋ねる。

 しかし、ここは異世界だ。赤い液体のトッピングがトマトソースとは限らないし、黄色い液体のトッピングがマスタードソースとは限らない。緑の液体のトッピングに至っては何なのか予想もつかない。

 タローは素直にガルニスに問いかける。


「どれも何も、どんな味かも分からないんですけど……」

「何でも食えないことはないから、気にするなよ。トッピングはタダだし、全部乗せでもいいんだぞ」


 そう言って、ガルニスは店主にヤハという魚の挟み焼きに、トッピングを乗せるだけ乗せたものを注文した。

 店主は器用な手つきで素早く、型の上にパン・三色のソース・葉物野菜・焼き魚・葉物野菜・三色のソース・パンを順番に重ねると、ぎゅっと型のフタを閉じて三十秒ほどで挟み焼きを完成させ、最後に包丁で半分に切った。

 ガルニスは切り分けられたヤハの挟み焼きを店主から受け取ると、ハナとタローに差し出す。


「ヤハはニオイやクセが少なくて、身が柔らかい。少なくともマズイと感じることはないはずだ」


 挟み焼きの断面から見える、青い葉物と焼き魚とカラフルなトッピングの層が食欲をそそる。ハーブの香りも良い。


 最初に食いついたのはハナだった。彼女は一口ほおばり、よく噛んで、飲みこんでから感想を言う。


「おいしい! おいしいですよ、ガルニスさん!」

「そうだろう、そうだろう」


 ガルニスは得意げに頷いて返す。

 表面はカリッと内側はフワッとしたパン、さっぱりした味と柔らかい歯応えの魚、ほどよく水分が抜けた葉物野菜、トッピングが味と香りにも彩を添える。

 タローも大口でかぶりつく。彼もおいしいとは思ったが、ハナのように大はしゃぎするのは気が引けた。

 そんな彼にガルニスが問いかける。


「タロー、どうだ?」

「はい、おいしいです」

「うむ、うむ。良かった、良かった」


 それから三人は一通りクンダ町を巡って、夕方には宿に戻った。

 宿の食事も海の料理だ。焼き魚に海藻と貝のスープ。

 生魚を食べる習慣はなさそうで、やっぱり元の世界とは違うなとタローは思う。


 食事を終えると、三人はベッドルームに向かう。割り当てはタローとハナに一室、ガルニスに一室。ハナは全く気にしていなかったが、思春期の男女が同室でいいのかとタローは感じていた。しかし、宿代のことを考えると、部屋を別にしてほしいとは言い出せなかった。


 襲撃というトラブルはあったが、ガルニスは無事にクダリの二人を守りきった。

 ハナもタローも先のことへの不安が少しは和らぐ。

 港町の夜の闇に、蒸気船の汽笛がのんびりと響いていた。

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