穏やかな船旅
その翌朝、宿で朝食を取った三人は、船着き場から蒸気船に乗って、ユニ島という島にある次の町トーリへと向かった。
海面は静かで、天気も良い。まさか船上でまでレジスタンスに襲われることはないだろうと、三人は安心していた。
トーリ町に着くのは夕方。焦っても船の速度は変わらないので、それまでは気長に構えて過ごすしかない。
ハナとタローは船の甲板に出て、青く美しい海上の風景や、水中から飛び出す魚、船と並んで飛ぶ海鳥たちを興味深く眺めていた。
だが、やがて陸が遠ざかると、辺りは一面海ばかりで、目新しい変化もなくなり、二人とも退屈しはじめる。そこで二人は話し合い、ちょっと船室で休んでいようかということになった。
二人は船室に入る前に、
「ガルニスさん、俺たちは部屋に入ってます」
「わかった」
口数の少ないガルニスを不審に思って、タローは問いかけた。
「……ガルニスさん、何か気になることでもあるんですか?」
武術家であるガルニスのことだから、不動で遠くを見つめていることに、深い理由があるかもしれないと彼は考えたのだ。
何かを予感して警戒しているのか、それとも修行か何かの一つなのか、少なくとも無意味なことではないだろうと。
「あまり話しかけないでくれ。俺のことは気にするな」
邪魔をしては悪いと、タローはハナに視線を送って、船室に戻ろうとする。
ところが、ハナはガルニスを気づかって、さらに話しかけた。
「具合が悪そうですよ」
そうなのかとタローは驚いた。
ガルニスは顔をしかめて、無言を貫いている。
しつこいと彼の機嫌を損ねるかもしれないと、タローはハナの言動を注意した。
「ハナ。今、ガルニスさんに『話しかけるな』、『気にするな』って言われたばかりじゃないか」
「でも……」
「ここは海の上だし、オレたちの他にも大勢の人がいる。それに何よりガルニスさんは凄腕の武術家だ。危険なことにはならないよ」
彼女はガルニスのことが心配ではあったが、タローの言い分を認めて下がった。
「そうだね……。あの、ガルニスさん! すみませんでした」
二人は甲板から降りて、船室に向かう。
一人残ったガルニスは小さく安堵の息をついた。
ハナの観察眼は正確だった。彼は船酔いしやすい性質で、遠くの景色を見つめて気を紛らわせていたのである。
その後、タローとハナは船酔いの治まったガルニスと三人で、船内の食堂に向かい軽い食事を取った。メニューは燻製肉と漬物を挟んだパンと、果物のジュース。
それから三人は船室内で、これからのことを話す。
まずハナが最初に質問した。
「トーリって、どんな町なんですか?」
「クンダとそう変わらない、ありふれた港町だ。そうだ、地図を見れば分かる」
ガルニスはバックパックから、筒状に丸めた一枚の地図を取り出して、船室の机の上に広げて見せた。
地図上の西には大きな島が一つ、その少し東に小さな島が一つ、そして地図の中央から東にかけて大陸のような島が一つ、さらに北にも大陸のような島が一つある。
「西の端にある島が、オレたちが今朝までいた場所、ダイ島。降臨の地はダイ島の北西にある。少し南に下がってルミエ。さらに南下した先にクンダ」
ガルニスは移動経路を振り返るように、指先で地図上の道をなぞる。
「クンダの東にある島が、ユニ島。その唯一の町がトーリだ。さらに東にある大陸がヒシテー大陸。その一番高い山、セミ山という所に支配の女王の城がある。トーリに着いて、ようやく予定の半分ってところだな」
タローとハナは旅の大まかな道のりを把握して、小さく頷いた。
その後にタローがガルニスに問いかける。
「ガルニスさん、この……北の大陸は?」
「虚無の大地と呼ばれている。荒れ地だらけで動物も植物もない所だし、ここに立ち寄ることはない」
「もう少し地図を見ててもいいですか?」
「ああ、構わない……が、文字は読めるのか?」
「いえ、全然。でも地形や距離は分かりますから」
「分かった。オレは外で風に当たってくる」
そう言って、ガルニスは再び甲板に上がった。彼は船の中で地図を見て、再び気分が悪くなっていた。
タローはこれからも続く旅のことを考え、ジッと地図を見つめては、まだ見ぬ土地に思いを馳せる。支配の女王に会えば、何もかも解決するわけではないだろう。記憶が戻るとも、元の世界に戻れるとも限らない。もしそうなったら――と想像すると、女王に会うのが不安にもなる。いつまで客人扱いしてもらえるかも分からない。
彼は最悪の事態を受け入れる心構えをはじめていた。
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