ユニ島のトーリ町

 蒸気船は穏やかな天候の下、予定どおり夕方前にはトーリの西港に着く。

 ユニ島はちょっとしたリゾート地だ。島の南側には広大なビーチがあり、海水浴ができる。しかし、そこはトーリ町ではない。リオドン町という別の町だ。

 島の北側は港のあるトーリ、南側はリゾートビーチのあるリオドンと、明確に区画が分けられている。

 ガルニスは島の南の方が観光には向いていると知っていたが、遊びに余計な日数を費やすわけにはいかないので、リゾートビーチのことは黙っていた。

 船から降りた後、船着き場で彼はハナとタローに告げる。


「宿は中区のを使う。朝には東区にある東港からヒシテー大陸のエトラ市に向かう」


 ハナは少し顔をしかめて言った。


「そんなに急ぐんですか?」

「予算は限られてるって言っただろ? のんびりしてたら、いくら金があっても足りなくなる」


 ガルニスの返答はにべもない。

 タローは不満の表情を浮かべるハナの肩をポンと叩く。


「……分かってるよ。しょうがないよね」


 彼女は大きなため息をついて、自分を納得させるのだった。



 辻馬車で中区に移動し、無事に辺りが真っ暗になる前に、今晩の宿を見つけることができた三人は、またクダリの二人とガルニス一人に分かれて部屋を取る。

 海から離れた中区では、もう蒸気船の汽笛の音が聞こえてきたりはしない。食事もクンダと比べ、魚介類や海藻類といった海の幸が減って、肉料理や山菜といった山の幸が増えている。特にカラフルな果物と野菜が目立つ。

 ズッキーニのような何か、豆のような何か、キウイフルーツのような何か、ベビーコーンのような何か、パプリカのような何か、タケノコのような何か……。歯応え・風味・甘さ・辛さ・苦さ、全てが微妙に違うので、タローには「何か」としか形容のしようがない。彼は早くも、まず先入観を捨てて、物のあるがままを受け入れることを覚えはじめていた。

 それに比べて、元の世界の常識さえ定かでないハナは、見た目と味の違和感に悩まされることはない。彼女にとっては、おいしく食べられるものなら何でもよしだ。


 時は経ち、夜も更けて就寝前になると、ハナは唐突にタローに問いかけた。


「タロちゃん、私たちこのままでいいのかな?」

「えっ、どういう意味?」


 ガルニスが信用できないのだろうかと、タローは意外な思いで聞き返す。これまでハナが何かを怪しんだり、疑問を持ったりするような素振りは、何一つ無かった。


「うまく言えないんだけど……このままだと大変なことになりそうな気がするの」

「どうして? 例えば?」

「……分かんないけど」


 ハナは先行きに漠然とした不安を抱えている。

 タローもそういう気持ちが分からないわけではなかったが、ここでいっしょに不安がることで、ますます彼女を不安にさせてはいけないと、あえて強気に答えた。


「大丈夫だよ」

「何が?」

「そりゃこの先もいろいろあるだろうけど、全部どうにかなるさ」

「本当かなぁ」

「何がそんなに心配なんだ?」


 タローの問いかけに、ハナは自分の心と向き合う。そして一つの結論を出した。


「……支配の女王様のこと」

「あぁ、女王様に会えたとしても、全てが解決するとは限らないもんな。記憶が戻るとは限らないし、元の世界に帰れるかも分からない」

「そうじゃなくて――」

「じゃなくて?」

「やっぱり……なんでもない。もう寝よう」


 ハナはタローに背を向けて、ベッドの上で目を閉じた。

 彼女は支配の女王に何かを感じている。ただ、それを言葉にすることができない。

 タローは首を傾げ、自分もベッドの上で目を閉じる。


 そのまま二人は眠りに落ちて、また何ごともなく朝を迎えた。

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