海賊の襲撃

 まだ日が昇りきる前に、トーリ町の中区の宿を出た三人は、辻馬車に乗って東港を目指した。

 馬車は太陽の方向に向かって走っている。

 そこでタローは気がついた。


「ガルニスさん、この世界って月がないんですか?」

「月? ああ、夜の太陽のことだな。あるぞ」

「あるんですか? じゃあ、タイミングが悪かっただけなのかな」


 彼はこちらの世界で月を見たことがなかった。電灯があるために、夜でも真っ暗にはならないので、あまり気にしていなかったのだが、やはり夜空に月や星が見えないのは気になる。


「クダリは誰でも月のことを聞くって話だったが、本当だったんだなぁ」


 ガルニスは妙に感心している。

 他のクダリの人たちも月の質問をしたのだと知ったタローは、一つ疑問を持った。


「オレたちより前に来たクダリの人たちって、どうなったんですか?」

「分からない。とりあえず女王に会って、そこから先はオレも知らない。元の世界に帰ったか、どこかでひっそり暮らしてるんじゃないのか?」

「……知らないんですか?」

「少なくとも、ルミエやクンダに住み着いたって話は聞いた覚えがない。どうしても気になるんなら、女王に聞いてみるんだな」


 ガルニスも全てを知っているわけではない。


 クダリが数年から数十年に一度の頻度で降りてくるなら、既に何十人もこの世界に現れているはずなのだ。全員が全員、元の世界に帰りたがるとは限らないので、当然こちらの世界に残ろうとする者もいるはず。それなのにルミエにもクンダにもクダリがいないということは……どこかにクダリだけが集まって暮らす、秘密の町でもあるのだろうかと、タローは考えた。


 一方でハナは「月」が何か分からず、タローに問いかける。


「『ツキ』って何? 夜の太陽って?」

「あぁ、月っていうのは……太陽みたいに、夜の空に輝く大きな星だよ。さすがに『太陽』や『星』は分かるよね?」


 彼女は無言で頷いたが、説明されても「月」については分からなかった。言葉だけで伝えられても実物を見たことがないので、やはりピンと来ない。

 太陽・月・星、それにクダリたちの行方について、三人であれこれと話をしている内に、辻馬車は東区の港に着く。

 太陽は既に昇りきっていた。



 東区の船着き場で乗船券を購入した三人は、すぐにヒシテー大陸エトラ市行きの船に乗りこんだ。

 クンダ町から乗った船よりも少し大型の定期貨客蒸気船は、三人が乗船してから、そう時間を置かずに出港する。

 天候は昨日と変わらず穏やかで、エトラ市に着くまで問題は起こらないだろうと、三人とも考えていた。


 しかし、昼下がりに一隻の小型蒸気船が、定期貨客蒸気船に接近してくる。

 その時ちょうど甲板にいたガルニスは、不穏な気配を感じて、小型船を警戒した。クダリの二人は船室の中。もし海賊の類であれば自分が撃退してやると、ガルニスは布で包んだ棍に手をかける。

 謎の小型船は貨客船と平行に並ぶと、脇から寄って体当たりをした。

 貨客船は大きく揺れて、速度を落とす。何が起こったのかと、船内から乗客や船員たちが甲板に出てきた。

 そこへ小型船から木の矢が射かけられると同時に、海賊が縄ばしごを伝って続々と小型船から貨客船の甲板に上がる。幸い、下から射ち上げられる木の矢の威力は大したことがなく、深い傷を負う者はいなかったが、乗りこんできた海賊たちはサーベルを抜いて乗客や船員たちに刃を向けた。

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