女王のしもべ

 タローとマリが廊下を歩いていると、宿の従業員に声をかけられる。


「お客さん、外は危険です! 絶対に出ないでください!」


 マリは足を止めて、従業員に問いかけた。


「何が起きてるんですか?」

「わかりません! 何か大変なものが、東からやってくるみたいです!」

「ここに閉じこもってていいんですか?」

「良くないかもしれませんが、今の状況では外に出られません。大通りはパニックになった人たちで、あふれかえっています。半分、暴徒みたいなものですよ」


 従業員の回答を聞いて、タローは小さく唸る。今すぐ外に出てたとしても、人の波に押されて、流されてしまうだけだろう。

 そこで彼は閃いた。


「裏から出ることはできますか?」

「出て、何をするんです?」


 従業員の真っ当な疑問に、タローは堂々と答える。


「オレたちはクダリです。神器を持っています。もし脅威が間近に迫っているなら、戦わないと……」

「おぉクダリ様……! わかりました。神器をお持ちということでしたら。どうぞ、こちらへ。裏口までご案内いたします」



 宿の裏口から外に出たタローとマリは、表情を引き締める。

 裏通りには人の姿が全くない。逃げ惑う人々の多くは、大通りを西に走り抜けて、より遠くへ逃げようとしている。もう逃げきれないと判断した人々も、行き止まりの多い狭い路地に逃げこむより、建物の中に入ることを優先している。

 タローとマリは大通り沿いの路地裏を走り、東へと向かった。



 しばらく走った二人は、音もなく頭上を横切る影に気づき、空を見上げる。

 二人とも最初は大きな鳥かと思った。

 影の主はすぐに旋回して引き返し、二人の目の前に着地する。それは……全く天使のようだった。人の体に鳥の翼が生えており、手には黒い槍を持っている。

 その服装を見て、タローとマリは息を呑む。


「親衛隊!?」


 高い声を上げたマリに、そんなわけはないとタローは険しい顔をする。白い制服に銀の胸当て。それは親衛隊が着用していたものと同じだが、翼を生やして人を襲っている説明がつかない。


「お前たちは何者だ! なぜ人々を襲う!」


 剣を構えて勇むタローに、翼を生やした男は無表情で答えた。


「全ては女王陛下のご命令だ。女王陛下は世界を創り変えられる。そのために世界の全てを、新たな世界に相応しいものに変えねばならぬ」


 その語り口は親衛隊と全く同じだった。


「あんたら、親衛隊の人間なのか?」

「人間ではない。我らは女王陛下の忠実なしもべ。それ以外の何者でもない」


 支配の女王に、文字通り支配されてしまったのかと、タローは驚愕した。単に精神が支配されたのではなく、そういう存在に創り変えられてしまったのだ。

 剣を持つタローの手は震えていた。恐怖からではない。彼の心にあったのは、人間だった者を殺すことへのためらいだ。できることなら殺したくはない。だが、現状はそうする以外の手段が思い浮かばない。

 今ここで女王のしもべを止めなければ、このまま他の人たちを見殺しにすることになってしまう。迷っている場合ではないが、思い切れない。

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