空から襲いくるもの

 船はクンダの港を出港し、ユニ島の西の港に着く。その間も空は真っ赤なままで、暗くなることはなかった。

 船員たちも乗客たちも、前例のない不気味な現象に、ルミエ町の人々と同様、ただ困惑していた。


 タローとマリは船から降りて、馬車に乗ってトーリ町の宿へと向かう。そこで一泊して、翌朝の船で再びヒシテー大陸へと乗りこむのだ。

 ヒシテー大陸に着けば、女王親衛隊に見つからずに行動することは無理だろうと、タローは考える。果たして、自分は正面から親衛隊と戦えるのかと、彼は神器の剣を見つめて思った。魔法のような技術がある世界ではないから、その点は心配しなくても良いが、飛び道具を持ち出されたら、どう対処するべきなのか……。今からでも、見つからないように変装した方が良いだろうか? 倒すべき敵は女王ただ一人。無用な戦いは避けられるなら避けたい。

 タローは宿の中でも、そのことをずっと考え続けていた。


 宿にある窓の外からは、不気味な赤色が差しこんでくる。気分の悪くなるような、毒々しい赤に、タローもマリも口が重くなる。二人とも口を開いたところで、明るい言葉は出てきそうになかった。

 明日のことは明日になってから考えようと、タローは気持ちを切り替える。

 どんなに不安でも眠気には勝てず、やがて二人は静かに寝息を立てた。



 翌早朝――と言っても空模様には全く変化がないが――、タローは不快な騒がしさに目を覚ました。宿の廊下からは人が走り回る足音が、窓の外からは大勢の叫び声が聞こえる。

 何が起きているのかと、彼は眠気をこらえて立ち上がり、窓の外を見る。宿の前の通りには、多くの人が押し寄せていた。人の波は東から西へと移動している。なにか恐ろしいものから逃げているかのように、押し合い圧し合いしながら。

 タローが東へと目を向けると、赤い空に黒い点が数十、まばらに浮かんでいるのが見えた。大きな鳥のような何かの群が、こちらへ向かって飛んできている。

 タローは目を凝らして、鳥のような何かの正体を見極めようとした。


 鳥のような何かは、上空から地上に向けて急降下し、その後に上昇することを繰り返している。まるで水上から魚の群を狙う海鳥だ。

 人間が攻撃されているのだ――と理解して、タローの眠気は吹き飛んだ。

 どうしてこんなことになっているのか、彼には分からないが、支配の女王と関係があることは察しがつく。

 タローは隣のベッドの上で眠っているマリを、強く揺すって起こした。


「マリさん、起きてください! 大変です!」

「な、何?」


 ついにことが起こったのかと、すぐに彼女も目を覚ます。


「窓の外を見てください! 鳥みたいなのが空から人を襲っているんです!」


 マリも窓に近づいて、ジッと外の様子を見たが、一目では何が起きているか分からない状況。それでも尋常でない事態だということは理解できた。


「どうするの?」


 彼女の問いかけに、タローは強気に答える。


「ボクたちも何か行動を起こさないと! 少なくとも、ここでジッとしてるってのはナシです!」

「逃げる?」

「そうしたいところですけど……! この騒ぎの原因は支配の女王と無関係じゃないと思うんです!」

「……戦うってこと?」

「はい!」


 タローは剣の柄を強く握り締めた。

 マリもブレスレットに手を添える。


「……私もついてく。きっとトウキが守ってくれるから」


 二人は頷き合って、身支度を整え、部屋から出た。

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