思い出

 タローはマリの内心を察していたが、誘いかけたりはせず、自分のことを語るだけに止めようと決めていた。残るも戻るも、彼女自身が決めることなのだ。


「不安はあります。でも、何とかなると思います。それに何より……ここはオレたちの世界じゃないですから。ネットもない、コンビニもない、スポーツもない、テレビもマンガもない。つまんないですよ」

「『ちゃんと帰れるか』、帰れたとしても『記憶が戻らないんじゃないか』とか……心配にならない?」

「正直、心配です。でも、帰りたいって気持ちがあるんです。顔も声も思い出せないですけど、確かに家族がいます。友達も……きっと、いるんだと思います。そういうことを考えると、懐かしくて、温かい気持ちになるんです。今は思い出せなくても、帰ったら思い出しますよ」


 強気に語る彼を、マリは羨んだ。


「……私には、無いんだ。そういうの」

「家族とか、友達とか、仲間とか、何か――」

「思い出そうとすると、悲しい気持ちになるの。タローくんが言うみたいに、温かい気持ちにはならない」

「だったら、無理に帰らなくても――」

「でも、それはこっちでも同じ。居場所がないんだ。女王が変わって、レジスタンスは無くなっちゃったし、トウキもいない。どうしたらいいのか、全然わかんないよ」


 再び窓の外を見つめて、泣きそうな声を出す彼女を、タローは慰める代わりに誘いかける。無責任に他人の人生に干渉したくはなかったが、今の彼女を放っておくわけにはいかなかった。


「じゃあ、オレといっしょに帰りましょう」

「帰る?」

「オレたちの世界に」

「帰って、それから?」

「ネットで呼びかけます。タグをつけて、『異世界帰りのマリさん』宛てに『タローから』って」

「それで……?」

「話し相手ぐらいにはなれますよ」

「それだけ?」

「元の世界では、すぐ会いに行ける場所にいるとは限りませんし、まあ、とりあえずは帰ってからです」


 タローがキッパリと言うと、マリは眉をひそめた。


「うぅーーん……しょうがない。それでいいよ」

「帰るんですか?」

「うん……。だから、お願いね。必ず私に呼びかけて」

「はい」

「ありがとう。こんな時間にお邪魔しちゃって、ごめんなさい」

「いえ……」


 最後にマリは惜別の笑みを浮かべ、タローの部屋を後にした。

 タローはベッドに横になって、元の世界に帰ることを考える。

 家族や友達のことを思い浮かべた時の、温かく懐かしい気持ちに従えば、元の世界に帰れるはずだ。そして……無事に戻れたら、マリに呼びかける。

 少し年上のお姉さんが、知り合いの一人に加わるだけ。

 どうということはないさと、彼は眠りに落ちた。





 それから四日をかけて、タローとマリはルミエからクンダ、トーリ、エトラ、ウィント、女王の城を通って、虚無の大地へと着く。

 この世界を去る二人を見送りに、多くの人たちが集まった。

 ガルニスをはじめとした六人の武術家たち、親衛隊、メイドたち、この世界に残ると決めたクダリの人たちに加えて、元レジスタンスのメンバー、それにクス市の武術家ケサロも。

 ガルニスが一同を代表して、タローに別れの言葉を告げる。


「ありがとう、タロー。あんたと初めて会った時は、あんな大それたことになるとは思ってもいなかった」

「オレもですよ。とんでもない大冒険でした」

「とにかく、あんたには感謝している。どれだけ言葉を尽くしても足りないほどだ。マリにも」


 急にガルニスに視線を向けられたマリは、驚いて顔を赤くした。

 彼は真顔で続ける。


「二人がいてくれて、本当に、本当によかった。向こうの世界でも、達者に暮らしてくれよ。幸運を祈っている」

「はい」


 タローとマリは同時に返事をして頷いた。

 そして二人は虚無の大穴へと向かって歩き出す。時々後ろを振り返っては、見送る人々に手を振って応えつつ。

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