帰還

 マリは見送る人々の姿が小さな点になるほど遠ざかると、心細さからタローの手を取った。タローは少し驚いて眉を上げたが、そのまま彼女の手を握り返す。

 再生の大穴の前で、二人は立ち止まり、底の無い大穴を覗きこんだ。


「ちょっと、怖いね」


 マリの言葉に、タローは小さく頷く。彼は本当に大丈夫なのかと少し不安になり、次の一歩をためらった。しかし、踏み出さなければ、何にもならない。

 彼は覚悟を決めると、マリの手を引いて、大穴の縁に立つ。


「バンジージャンプする時みたい。本当にやったことはないんだけど」


 マリは冗談めかして、タローの反応を窺った。

 彼は真顔で彼女に声をかける。


「『いち、にの、さん』で、いきますよ」

「はい」


 二人は深呼吸をして、緊張と恐怖心を抑える。


「いち、にの……さん!」


 二人は同時に大穴の中に飛びこんだ。タローは闇を見つめて、マリはぎゅっと目を閉じて。



 果てしない暗闇への落下の中で、タローは家族や友人のことを思い浮かべる。顔も名前も思い出せないが、温かさと懐かしさだけは分かる。それだけを頼りに、温かさと懐かしさの中へ帰るイメージを持つ。

 闇の中で何も見えないはずだが、彼には「神器壊しの剣」が塵となって消えていくのが分かった。


(ハナ、ありがとう。さようなら)


 一方でマリはタローのことだけを思った。ただ彼の元にいたいと、それだけを強く願った。

 彼女もまた腕に着けた神器のブレスレットが塵となって消えていくのを感じた。


(トウキ、ありがとう。ずっと私を守ってくれて……)


 神器を失った二人は、やがて肉体も失っていく。

 繋いでいた手の感覚が無くなることに、マリは大きな不安を覚えた。強く温もりを求める心だけが、彼女をタローの元へと導く。


 二つの魂は同じ場所を目指す……。

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