目覚め

 タローが目覚めた場所は、高校の保健室だった。彼は一人だけ、白いベッドの上で寝かされていた。ゆっくり上体を起こして、辺りを窺う。ベッドの周囲のカーテンは閉められていて、外の様子は分からない。服装は学生服。

 彼は現状を理解しようと、記憶をたどる。


(……野球だ。野球のボールが頭に当たったんだ。それで気絶して!)


 彼は全てを思い出した。

 放課後、部室に向かっている時、誰かの打球が頭に直撃した。当たり所が悪かったのか、強い痛みと衝撃を感じて、すぐに倒れてしまった。そこから先は記憶がない。

 自分の名前は「海山うみやま幸也こうや」。タローではなく、コーヤ。高校二年生。


 幸也は硬球の当たった側頭部を触ってみたが、腫れてはいないし、痛みもない。運が良かったのだろうと、彼はベッドから下りて起き上がる。体に不調はない。そっとカーテンを開けると、デスクについていた眼鏡の男性保険医が振り返った。


「あっ! 意識が戻ったんだな! 大丈夫なのか!?」

「ああ、はい。大丈夫です……。何ともないみたいです」

「もう救急車を呼んでしまったから、一応は病院で診てもらった方が良い」

「そっすか」

「ご家族にも連絡したから」

「えぇー、大げさな」

「頭にボールが当たって、ぶっ倒れたんだぞ? それも野球の硬球だ」


 保険医に言われて、幸也は再びボールが当たった場所を触った。やはり痛みも腫れも何もない。彼は両腕を組んで、小さく唸る。


(すぐ気絶するほどの衝撃だったのに、もう何ともないなんて、おかしなことがあるもんだ。それにしても……大冒険のはずだったのに、最後は夢オチって)


 そんな彼を保険医は心配した。


「どうした? どこか具合が悪いのか?」

「全然そんなことはないです。ケガとか関係ない、ちょっと……個人的なことで」

「それなら良いが」


 その後、幸也は救急車に乗せられて病院に運ばれ、精密検査を受ける。特に異常は見つからなかったが、医師から一週間は激しい運動を控えるようにと言い渡された。さらに両親に迎えに来てもらって、彼は我が家に帰る。





 自分の部屋に戻った幸也は、やっぱり現代が良いなと改めて思った。住み慣れた家と現代文明。明るい電灯、充実した娯楽、夜空には月と星。

 しかし、気になることが一つ。


(マリさん、どうしてるかな?)


 もしかしたら、彼女はこの世界ではマリという名前ではないかもしれない。だが、約束したからには呼びかけなければならないと、彼はスマートフォンを手に取って、SNSで新しいアカウントを作って呼びかける。アカウント名は当然「タロー」。



マリさん。オレはここにいます。見つけたらリプください。



 タグをつけて、投稿完了。本当にマリから返信が来るのか、もし来たら何を話せばいいのかと、幸也はドキドキして待ったが、すぐには反応がない。

 ……しばらく待ってみても何もなかったので、彼は少しがっかりした。マリの状況も分からないし、果報は寝て待てということだろうと、彼はスマートフォンを置く。もしかしたら全ては夢の中のできごとで、現実とは一切関係がないのかもしれない。そう考えると、急に自分のやっていることがバカらしくなって、幸也はさっさと横になった。

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