レジスタンスの要求

 朝食を終えたタローは、警備隊の関係者と話をしたいと思った。

 捜索状況は今どうなっているのか、まだハナは見つからないのか、手がかりぐらいは掴めたのか、聞きたいことが山ほどあった。しかし、タローが休んでいる間も捜索を続けていたであろう警備隊を呼びつけるのは、気が咎めた。

 特にやることもなく、暇している彼と違って、警備隊は忙しいのだ。それにハナを保護していたら、迎賓館に連絡しないはずがない。連絡がないということは、つまりそういうこと。


 所在なくタローは迎賓館内をうろつく。

 彼が前庭に出ると、掃除をしていた男性職員が申しわけなさそうに言った。


「タロー様、退屈かもしれませんが、外出はお控えください」


 危険だからということなのだろうとタローは理解して、一つ頷いた。

 次の瞬間、何かがタローに向かって、ゆっくりと放物線を描いて飛んでくる。

 彼は危ないと一瞬思ったが、勢いの弱さから届かないだろうと判断して、念のために一歩足を引く。

 飛来物の正体は一本の矢。特に危険もなく、ただ地面に突き刺さって……それから何も起こらない。

 矢をよく観察したタローは、矢柄に紙が結ばれていることに気づいた。


(矢文!?)


 紙に何が書かれているのか確かめようとする彼を、男性職員が制止する。


「危険です!」


 タローは反射的に足を止めたが、次の矢が飛んでくる気配もなかったので、地面から矢を引き抜いて、矢文を取った。そして紙を広げ、何が書かれているか読む。



「少女を無事に返してほしければ、下りの少年一人で南の森に来い。もしも他の者を連れてきたら、少女の安全は保証しない」



 タローは文の内容にも驚いたが、文字を読めることにも驚いた。完全に日本語そのままなのだ。この世界の言葉は、日本語ではない。その証拠に、これまで訪れた場所の看板や文書は一文字も読めなかった。それなのに文は日本語で書かれている……。しかも女性の字に見える。いわゆる「丸文字」ではないが、ちょっと丸いのだ。

 レジスタンスがハナに書かせたのだろうかと、タローは疑った。

 迎賓館の男性職員はタローに近づいて、手紙の内容を読もうとする。


「タロー様、それを見せていただけませんか?」


 手紙を取り上げられると感じたタローは、さっと手を引いた。

 彼は男性職員に抗議の目を向けられて、少し怯む。


「いや、その……」


 言いわけに困った彼は、どうせ他人の協力が必要になるのではないかと考え直し、男性職員に文を渡した。


「どうぞ」

「失礼します」


 男性職員は文を取り、何が書かれているか確かめようとして、顔をしかめる。

 読めないのだろうと察し、タローは問いかけた。


「読めないんですか?」

「はい。恥ずかしながら。タロー様は?」

「読めました」

「おお。何と書かれています?」

「南の森に一人で来い……と」

「何ですと!? むむ、タロー様はご心配なさらないでください。必ず私どもで何とかいたします」


 男性職員は真剣な顔で言うと、掃除道具をその場に放ったまま、文を持って迎賓館の中に駆けこんだ。

 本当に頼りにして良いのかと、タローは怪しむ。レジスタンスの思うツボだったとしても、自分一人でハナを救出に向かうべきだったのではないのかと。ハナの身に何かあってからでは遅いのだ。

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