謎の怪物?

 危険な神器を処分し終わった後で、タローはクダリを一人一人、青いクリスタルの中から解放する。神器壊しの剣でクリスタルに深い傷をつければ、たちまち白い砂の塊に変わって、中の人間だけを無傷で解放できた。

 クダリたちは異世界に来たことは認識していたが、長時間――短い者でも数年は、長い者では何百年もクリスタルに閉じこめられていたので、現状を正確に把握できている者は一人もいなかった。しかし、程度の差こそあれど、元の世界の記憶を失っていることは全員共通していたので、そこまで大きな混乱にもならなかった。クダリの能力のおかげで、出身地域が異なっていても言葉が通じるため、意思の疎通にも苦労しない。


 それから全てのクダリを解放したタローたちだったが、保管庫の隅には一つだけ、青いクリスタルが残っている。

 その中には異形の怪物が閉じこめられていた。頭部は無数の目玉がついた脳で、体には白いローブをまとっている。あまりにグロテスク。明らかに人ではない。

 ニッカールコがキャプションボードを読み上げる。


「……『原初の存在、知を司る神』だとさ」

「神? 神様? これが?」

「どうする? 解放するか、このまま放置するか」


 ニッカールコに問われたタローは、少し思案した後に、解放してみることにした。

 神というよりは「邪神」のような姿だが、どちらにしても神は神。「知を司る神」ならば、現状を解決する方法や、記憶を取り戻す方法、元の世界に戻る方法も教えてくれるかもしれない。もしも敵対することになっても、神器壊しの剣がある。


「とりあえず、解放してみます」

「本気か?」


 驚くニッカールコに、タローは言う。


「神様ですから、重要な情報を持っているかもしれません」

「まあ、それは確かに」


 全員がクリスタルから距離を取る中で、タローは一人クリスタルの正面に立って、神器壊しの剣を構えた。一つ大きな息をついた後、彼は表情を引き締めて、剣を振り下ろす。そしてクリスタルに傷をつけると、数歩後退して相手の出方を窺った。

 知の神を封じていた青いクリスタルは、白い砂の塊へと変わって、紫の脳があらわになる。脳に埋まっている何個もの目が、タローを凝視した。


「私を目覚めさせたのは、君なのか?」


 タローの頭の中で、知の神の声が響く。知の神には口がない。テレパシーだ。


「そ、そうです」


 彼は警戒しながら知の神と対峙した。

 知の神は正面の目でタローを見つめながら、同時に他の複数の目を動かして、周囲の状況を探る。


「ふむ、ふむ、ふむ……。私に何か用なのか?」

「この世界を元に戻したいんですが」

「元に……とは?」

「支配の女王が、この世界をおかしくしてしまったんです。空が赤く染まって、太陽が止まって」

「何を言っているのか、よく分からない。誰か、誰でも良い。頭の中を覗かせてくれないか」


 知の神は複数の目で一人一人を見渡した。

 何をされるか分からないと、誰もが神を警戒している。


「危害は加えない。記憶を読み取るだけだ」


 神が呼びかけても、誰も気味悪がって反応しない。

 自分が責任をもってやるしかないと、タローが歩み出そうとした時、ニッカールコが彼を抑えて前に出た。


「私の記憶を読んでくれ」

「では……」


 知の神は白いローブの両袖から、猛禽の爪、カエルの前足、昆虫の前足を一対ずつ出して、ニッカールコの頭を包みこむ。

 彼は引きつった顔で恐怖に目を見開くも、抵抗はしない。

 ――数分後、知の神は彼から離れて、深く頷いた。


「よく理解した。もう良いぞ」


 顔面蒼白で後退るニッカールコをタローは気づかう。


「大丈夫ですか?」

「ああ、ちょっと……かなり気味が悪かっただけだ。何ともない。全然平気だ」


 それから一拍置いて、知の神はタローに告げる。


「諸君の問いに答えよう。この世界を戻す方法が一つだけある。『理想の箱』だ」

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