クダリと授かりもの

 町長宅は町の中心にある少し大きな家。町長は赤髪で立派な鼻ヒゲを蓄えた、精悍な顔つきの中年男性だった。

 緑髪の年配の男性は、玄関前で町長に二人を預けると、そのまま去っていった。


 二人は町長宅の客間に通され、テーブルを挟んで町長と対面する。

 町長宅に住みこみで働いているハウスキーパーが、お茶のような色と香りの飲み物を運んできて、そっと二人の前に置いた。

 二人は飲み物に手をつけるのも忘れて、緊張した面持ちで、これから町長が何を語るのか真剣に待った。


 町長は顔に似合わず、優しい声色で言う。


「そう緊張しなくても大丈夫だ。君たちの事情は知っている。この町には過去に何度もクダリ様が訪れているからね」

「そのクダリ様ってのは何なんですか?」


 少年の疑問に、町長は深く頷いて答える。


「うむ、クダリ様とは空の向こうから、この地に落ちてくる人のことだ」

「空の向こう?」

「そうだよ。遥か空の向こうには、私たちの住む世界とは違う世界があると言い伝えられている。時々……何年か何十年かに一度、丘の上の『降臨の地』という場所に、あちらから記憶を失った人がやってくるんだ」


 まさしく自分たちのことだと、少年と少女は同時に思った。

 町長は話を続ける。


「こちらの世界では黒い髪の人は珍しいから、町の人も君たちを見て、すぐにクダリ様だと分かったんだ」


 そうなんだと少女は素直に納得したが、少年の方は納得しかけて、ちょっと待てよと思い直した。


「『あちら』とか『こちら』の世界って、どういう……? もしかして、異世界ってことですか?」

「まあ、君たちにとっては、こちらの世界は異世界ってことになるのかな」

「別の世界なのに、どうして言葉が通じるんですか?」

「それは……君たちがクダリ様だからとしか」


 納得できる答えが得られず、少年はすっきりしない気分だったが、これ以上は町長に聞いてもしかたないと諦める。とにかく異世界に来てしまったことは認めるしかない状況だ。


 それから少しの間を置いて、町長は遠慮がちに二人に尋ねた。


「ところで……二人は降臨の地で目覚めた時に、何か持っていなかったかな?」

「何かって、なんですか?」


 少女に聞き返された町長は、困った顔をする。


「クダリ様はこの世界に来る時に、神器を授かるはずなんだ。これまでのクダリ様もほとんど全員がそうだった」


 少年と少女は困った表情で、お互いの顔を見合った。二人とも目覚めてから、何かを持っていた覚えはない。

 少年は確認のために、町長に尋ねる。


「神器って……例えば、どんなのですか?」

「魔法の道具とでも言えばいいのかな? いくらでも物が入るバッグとか、無限にパンを出せる杖とか、持ち主を完璧に守る盾とか、そういう常識では考えられないような道具だよ」


 少年と少女は再びお互いの顔を見合う。やはり二人とも、そんな道具には全く覚えがない。


「知りません」

「分かりません」


 町長は怪訝な顔つきになった。


「おかしいな……。目覚める前に、誰かに盗まれてしまったとか?」


 少女の方は神器のことなど全く気にしていなかったが、少年は不安になる。


「神器を持ってくるから、異世界から来た人をクダリなんて呼ぶんですか?」


 彼の鋭い指摘に町長は苦笑いを浮かべた。


「いや、それは……まあ、そういうことだね。クダリ様の神器は、この世界を豊かにしてくださるから」

「ボクたちは神器を取り返さなくちゃいけないってことですよね……」

「あぁ、でも心配しなくても大丈夫。犯人には心当たりがある。とりあえずは『支配の女王様』を頼ったらいいと思う」


 神器を盗んだ犯人は誰なのか、支配の女王とは何者なのか、この世界のことを何も知らない二人は、ただ困惑するばかりだった。

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