タローの憂鬱

 以後、ハナとタローは見ず知らずのレジスタンスの者たちと生活をともにした。森の中で薪を拾ったり、川で水を汲んだり、畑で野菜を収穫したり、木の実やキノコを採取したり。とにかく体を動かす以外に、やれることはない。

 そういう生活をしながら十日をすごした結果、タローは軟弱にも、クダリとしての生活を懐かしんだ。労働が嫌だというわけではないが、このままただ日々をすごして一生を終えるのかと思うと、暗澹たる気持ちになった。

 彼とハナとの関係もギクシャクしはじめていた。ハナは健気にタローに寄り添い、何かと話し相手にはなってくれたが、それ以上の関係にはならなかった。明らかに、ハナの方から一線を引いており、どこまで行っても二人はオトモダチだった。もしくは兄妹。

 同じクダリとしてハナを支えたいというタローの思いに偽りはなかったが、そこに下心が全くないとは言えなかった。彼はハナのことが好きになっていた。もどかしい間柄にタローは苦しみ、いっそのこと押し倒してしまおうかとも考えたが、その後の関係がどうなるかと想像すれば、とても実行する気にはなれなかった。

 それに……彼がハナに抱く感情は、性欲とは違っていた。その本質は強い独占欲。他の人と親しくされるのは我慢ならない。自分だけを心配してほしいという、幼子が母親に求めるような感情。まだ性欲の方が素直であり、あまりに幼稚で不純だと自覚していたタローは、見知らぬ世界にいるという寂しさが、そんなことを考えさせるのだろうかと自省した。


 夕暮れの森で、一人で切り株に腰かけ、悶々とするしかないタローに、トウキが声をかける。


「よう、ヒマそうだな」

「トウキさん……」

「悩みがあるなら聞いてやるぞ」


 トウキの親切はタローにとってはありがた迷惑だった。

 タローにとってトウキは、よくわからない大人。人生相談をする気にはなれない。


「いや、別に……」

「ここでの生活は退屈か?」

「そうでもない……こともないですけど……」


 タローは言葉を濁した後、ごまかしてもしょうがないと思い直し、覚悟を決めて、聞いてみることにした。彼はトウキを見上げる。


「いつまでこんな生活を続けるんですか?」

「そうだな。いつかは女王を倒さないとな」

「いつかって?」

「……実は今すぐ実行できる案が無いわけじゃない。ただ、あんたに大きなリスクを負わせてしまうが」

「オレに? オレに……できるんでしょうか」

「やる気さえあれば。それと運も必要になる。だが、成功率は低くないと思う」

「どんな作戦なんですか?」


 トウキは顔色一つ変えずに言う。


「あんたとハナの二人で、女王の城に潜入してもらう。あんたらもクダリだから、表向きは丁重に迎え入れられるだろう。そこで……城の地下に行くんだ。どうにか隙を見つけて」

「城の地下に何が?」

「これまで女王がクダリから押収してきた、神器が封じられている。それを使って、女王を倒せ」


 タローは生唾を飲みこんだ。つまりは人殺しをやれということ。無意識に弱気が彼の顔に表れる。


「どうして、そんなことを知ってるんですか?」

「城に勤めていた奴に聞いた」

「それって、例の『親切な人』?」

「いや、別の奴だ」


 タローの心にある小さな疑いを見抜いて、トウキは浅く息をついた。


「……嫌なら、無理にとは言わない。失敗したら命はないんだ。元から子供は当てにしていない」

「いえ、やります。やらせてください」


 先の見えない生活を続けるよりは、無謀だろうと一気にやった方がいいと、タローは思い切った。女王が倒れた後のことも考えない。ここはタローにとっては、異世界なのだ。どうにか元の世界に戻る手段を探して、それで終わり。

 安易にすぎる考えだったが、今の彼には後先を気にする余裕はなかった。

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