戦い終わって
女性警備員はガルニスの不満を理解していた。
「ケサロ氏はやる気がなかったみたいですね」
「やる気が……なかった?」
タローが聞き返すと、彼女は深く頷いた。
「まだ余力はあったようですが、逆転の目はないと諦めたのでしょう」
「そういうことって、よくあるんですか?」
「珍しくはありません。勝ち上がり形式なので、あまりに消耗しすぎては勝つ意味がなくなってしまいます。大ケガをしてもつまらないですしね。次回以降、ケサロ氏は組み合わせの内容によっては、いい所まで勝ち上がれるのではないでしょうか」
ドライなんだなとタローは小さく息をつく。全力で挑むのが対戦相手への礼儀だという文化はないのだろう。あっても個人の信条レベル。
タローは話を変える。
「ところで、今日のガルニスさんの試合はもう終わりなんですか?」
「はい。今日は一回戦だけ。明日は二回戦と三回戦、明後日は決勝まで行われます」
「じゃあ、ちょっと席を外します」
女性警備員の答えを聞いて席を立った彼に、ハナは問いかける。
「どこ行くの?」
「ガルニスさんが出ないなら、もう見ててもしょうがないかなって」
タローの言葉に女性警備員が反応した。
「そんなことはありませんよ! ガルニスさんの次の対戦相手、気になりませんか? それに他の優勝候補の戦い方も」
「気になることは気になるんですけど、どうもジッとしていられなくて」
「お若いですものね。血気に逸って落ち着かないのでしょう」
事実、タローは戦いの熱気に感化されている。体を動かして心を静めたいのだ。
「えぇ、まぁ……散歩でもして気を紛らわそうかと」
「それなら私がつき合いましょう」
即座に男性警備員が同行を申し出る。
一人で知らない場所を歩き回るのは不安だったタローは、素直に彼の申し出を受け入れた。
闘技場の中を男性警備員と歩いている最中、タローは既視感を覚えた。
(どこかで、こんな……。あっ、野球場!)
大勢の人が集まっていて、観客席だけでなく、場外の施設まで混雑している。これは野球場に近いのだ。
(つまり? オレは野球に縁があった? 甲子園?)
自分は高校球児だったのかもしれないと、彼は思う。しかし、球場の様子だけならテレビ中継でもよく見るので、絶対にそうだとは言い切れない。もしくは単に野球の試合を現地で観戦した経験があるだけかもしれないのだ。
だが、確実に記憶が戻ってきていると彼は感じる。
それからタローは闘技場の中の売店で、「鳥のパン粉焼き」を男性警備員に買ってもらった。溶いた卵を塗った鳥肉に、パン粉をまぶして焼いた簡単な料理。ちょっと塩味。一口サイズで手軽においしい。
おごってもらうのは申しわけないと彼は思ったが、男性警備員は安い物だから気にしないでほしいと笑って答えた。
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