知の神の語り

 展望室でタローは女王の玉座の周辺を調べる。

 その間、知の神は外の景色を眺めて、テレパシーでタローに話しかけた。


「昔話を聞いてくれ。この地は原初、ただ貧しい世界だった。黒い太陽、淀んだ風、崩れる砂、沈まぬ水。それだけが、世界の全てだった。私たちはこの地を豊かにするべく、他の世界から漂着した物を再生炉にくべて、その記憶と知識を新たな世界の礎にしていった」


 タローは女王の残骸である大量の白い砂に覆われた玉座の下を調べながら、知の神の語りに応じて尋ねる。


「『再生炉』?」

「今は『再生の大穴』と呼ばれているな」

「ああ、再生の……。それで、漂着した人たちが『クダリ』ってことですか?」

「正確にはクダリの原型だな。私たちは漂着者の持つ記憶で、この地を少しずつ豊かにした。やがて、この地にも『人』が生まれるようになり、少しずつ文化的な生活をはじめた。もう漂着者を再生炉に放りこむ必要はなくなっていたが、いつからか漂着者は『神器』と呼ばれる物を持つようになった。世界が変わっていく中で、漂着者の質も変わっていったのだ。それが『クダリ』のはじまり」

「そんなことって、あります?」


 最初は漂着者だけだったのに、ある時から神器を持ってくるようになった。では、その理由は何だろうかと、タローは気になった。

 知の神は彼の疑問に淡々と答える。


「再生炉の中で、誰かが願ったのだ。このような世界であれと」


 タローは再生の大穴に落とされた時のことを回想した。

 タローとマリの二人は、ハナとトウキの願いで消滅を免れ、新たなクダリとして、再び降臨の地に立ち、同時に新たな神器を得た。

 再生の大穴は自らの存在と引き換えに、願いを叶える場所だとも言える……のかもしれない。


「私たちはクダリが生み出す『神器』を参考に、『理想の箱』を創り出したが、そもそも私たちには創造する力が欠如していた。貧しい世界に生まれ落ちた私たちには、自由な発想で新しいものを生み出すことが、できなかったのだ。ゆえに、まだこの地にはクダリが必要だった」

「そんなことはないと思いますけど……。進化ってのは、もっと長い時間をかけて、ゆっくり進んでいくものじゃないんですか?」

「私たちは貧しい世界に生まれ、後に豊かな世界があることを知った。それがために急ぎすぎていたのかもしれない。とにかく以後もクダリは漂着し続け、その中に支配の女王を生み出した者がいた」

「女王と面識があったんですか!?」

「ああ」


 驚いて問いかけたタローに、知の神は短い肯定の返事をして続けた。


「神器『支配の女王』は、主のクダリの理想のままに、この世界を統治した。私たちは彼女を歓迎し、善い統治を続けることを期待した。女王の支配欲には限りがなく、原初の存在である私たちをも疎んでいた。しかし、私たちは女王に抵抗しなかった。世界が良い方向に変わるなら、それで良いと思っていたのだ。私はクリスタルに封じこめられ、他の仲間たちは深い海の底で永い眠りについた。それが今、こんなことになっていようとは……」

「まあ、過ぎたことはしょうがないですよ」


 神様も万能じゃないんだなと思い、タローは軽い気持ちで言ったが、当の知の神は残念がる。


「私たちは支配の女王を生み出したクダリの執念を、甘く見ていたのだ」

「そんなことより、理想の箱です。いっしょに探して――ん?」


 後悔は後回しにして、今は協力してほしいと訴えようとしたタローだったが、彼が玉座の上に積もった砂の中を探っていると、手に硬い物質が触れた。


「おっ? これは……もしかして!?」


 タローは懸命に砂をかき分け、両手でそれを取り出す。

 彼の目に映った物は、各面が異なる彩度でキラキラと虹色に輝く正六面体だった。


「箱! これじゃないですか!?」


 それを取り上げ、知の神に向けて尋ねたところ、知の神は振り向かず、脳についた目だけを向けて応える。


「ああ、それだ」

「……で? これ、どうやって使うんですか?」

「強く願えば良い。それだけだ」


 まずタローは自分で願おうと思ったが、この世界について詳しいわけではないので何をどう願えば良いのか分からない。彼が「元の世界」を願っても、この世界を復元できる自信がなかった。それならば、クダリではない現地の人たちに使ってもらおうと、彼は考えた。


「それじゃ、行ってきます! 神様、ありがとうございました!」

「神ではないと言うのに」


 善は急げ。彼は大広間へと階段を駆け下りる。

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