怪物の執念

 さしもの怪物も神器壊しの剣には恐れをなして撤退する。

 その様子を見て、ガルニスは険しい顔をした。


「全くのバカではないようだな」


 引き下がるということは、知恵があるということだ。懲りて諦めてくれるならまだしも、次は対策を考えてくるかもしれない。セミ山の頂までは、まだ距離がある。

 一行は改めて登山を続けた。


「タロー、疲れていないか?」


 道中でガルニスがタローに問いかける。

 タローは強気に返事をする。


「全然」

「本当か?」

「本当、本当。オレ、元の世界では部活やってたんだと思います。運動系の」

「ブカツ?」

「スポーツって言って通じますかね……? まあ、つまり鍛えてたってことです」

「鍛える?」

「はい。心とか、体とか」

「それは良いことだ」


 実際、彼は多少の疲労は感じていたが、まだまだ体力には余裕があった。必ず自分が成し遂げなければならないという思いが、彼の気力を高めていた。



 それからしばらく、怪物の気配は消えていた。一行の耳に聞こえるのは、自然の音ばかり。追跡されている様子もない。だからと言って安心できるわけもなく、全員がこの静けさを怪しんだ。


「先で待ち伏せしているかもしれない。気をつけて行こう」


 ニッカールコの呼びかけに、一同は気を引き締め直す。

 タローは常に剣の柄に手をかけ、マリはブレスレットに手を添える。

 やがて、七番目のアーチが見えてきた。もうすぐ頂上だと、誰もが思った。そこに油断があった。

 一行の殿を務めていたのは、ノーナンヤー。

 その彼を狙って、怪物が襲いかかった。側面から音もなく一瞬で距離を詰め、飛びつく。


「おっ――」


 他の者たちが気づいた時には、もう手遅れだった。怪物は捨て身でノーナンヤーを道連れに、山の斜面を転がり落ち、そのまま崖の下へ。


「ああああぁぁぁぁ――――」


 ただ叫び声がこだまして、遥か下の森の中に消えていく。


「ノーナンヤー!!」


 ガルニスが声をかけるも、返事はない。


「なんてことだ……」


 スターキンは愕然としてつぶやいた。ここまで来て脱落者を出すとは、誰も思いもしなかった。タローとマリにとってもショックは大きい。全員が無言でノーナンヤーの落ちた崖下を見つめる。

 やがてニッカールコが、苦い顔をしながら言う。


「進もう。後ろを振り返っている暇はない」


 それにスターキンも応じる。


「そうだな。我々にはとにかく進むことしか許されない。こうしている間にも、無辜の民が犠牲になっているかもしれないのだ」


 ノーナンヤーを失った一行は、改めて足を進めるが、特に守りの神器を持つマリはショックが大きかった。明らかに足取りの遅い彼女を、トモクロが担ぐ。


「急ぐぞ」

「……ごめんなさい。私がもっと気をつけていれば」

「よせ。今さら言っても、しょうがないことだ。山登りしながら、ずっと気を張って警戒し続けるなんて、オレたち武術家でも難しい。あの瞬間、気を抜いてしまったのは、オレたちもノーナンヤーも同じだ」

「次は防ぎます」

「あまり気負うな。ガルニスも言ったとおり、オレたちのことは捨石ぐらいに思ってくれ。神器を持つあんたらを、無事に女王の元に行かせる。それがオレたちの役目。どんなになっても、最後にあんたらが女王を倒してくれれば、それでいいんだ」


 彼の言い分に、マリは一つ疑問を抱く。


「女王を倒して、本当に終わるんでしょうか……?」

「そこから先は、みんなで考えることだ。あんた一人が気にして、どうなることでもない。先のことを考えすぎるな」

「はい」


 マリはトモクロの言葉を素直に受け止め、今の自分にできること、今の自分がやらなければいけないことに集中した。

 一行は七番目のアーチをくぐり、山頂へと向かう。

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