97 国民的アイドルたちと、地下アイドルのライブを見学 (イラスト付)
「あ、私は鵜飼すみれです、よろしくお願いします。今日いっぱい楽しんでくださいね」
「はい」
しばらく待ってほかの三期生の二人が着くと、私たちは移動する前にキャプテンの稲村さんが三期生たちに言った。
「もう言いましたが、今日は非公式でうちのグループのアクティビティではありません。自分の行動に注意して、なにかあったら私と鵜飼さんに言ってあと香取さんはコンサート会場で集合したあとみんなを見守るので、少しでもなにかあったら気軽に言ってね――入場料は千九百円で、入場するときに現金で払いますので、その分を用意してください」
香取さんはほかの一期生のメンバーだ。
先週、藤間さんと話して今日蔦は桜田STの先輩たちと一緒に地下アイドルのライブを見学する日だった。警戒するよう稲村さんは言ったが、前にスヴェンとあそんだ秋葉原ってそんなに危険かと思ったがあることが頭に浮かんだ。
オタク……
アイドルといえば、熱心に応援するオタクばかりだった。美月のツバサプリンセスのときもペンライトをまわしてダンスした人たちは丁寧で問題がなさそうだけど、もしかしてこのライブではもっと危ない人たちなのか?
みんな歩き出すと、帰ろうとした私に気づいた鵜飼さんが聞いた。「一緒に来ないですか?」
「あ、いえ、ちょっと私はここで、関係者ではないので」
「そんなことないですよ――え、みんなもう行っちゃった、歩きながら話しませんか?」
鵜飼すみれさんは稲村さんより一つ上の二十二歳だ。身長はグループでは高い方の百六十五センチで、桜田STのメンバーだからきれいなのは当然だが、しばらく近くにいると彼女は噂通りに悪戯好きそうな人だと感じた。
結局私となにかを話すより彼女は長く三期生の六人としゃべっていた。地下アイドルのライブを見に行くのは真の桜田STメンバーになる秘儀の一つで、最終の段階はヤギの血の風呂に入り、そして金魚の目玉天丼を食べたら完全にグループに認められると言った。
三期生たちが騒いでいると、メンバーの保護者と話していた稲村さんは振り向いて言った。「グループに秘儀なんてないよ、冗談言わないで」
鵜飼さんが笑った。「その方が聖なるでしょ!灯った蝋燭の部屋に死ぬまでグループへの忠誠を誓うとか……あ、保護者さん、えっとー、東京の人ですか?」
『保護者さん』って私のことだ。私は答えた。「いいえ、島根です。今こっちの大学生ですけど」
「そうなんだ。私は大阪出身で、関西と中国は隣接ですけどね……ん?でも、蔦ちゃんは福岡出身だっけ、なぜ保護者さんは島根?親戚ですか」
桜田STで違和感を持たれないよう今まで私は曖昧に蔦の親戚だと嘘をついていた、それは彼女の両親も認めたことだが。こう鵜飼さんに聞かれると、蔦が鵜飼さんと私を見ながら、私は
「あー、そっか。見た目で東京の人だと思いました」
なぜ?
少しあと、まだ秋葉原の道を歩きながら蔦は私を呼んだ。「松島さん、彼女を覚えてる?」
蔦は近くにいるメンバーの戸田杏奈を指差した。
彼女は蔦の一つ上で、カリフォルニア州出身の子だ。聞いたのは彼女の『杏奈』の名前は私の『セバスチャン』と似た由来で、両親は外国に引っ越す予定なので英語でも簡単に読める名前をえらんだ。彼女は人の前であまりしゃべらないが、グループのみんなと仲がいいと蔦は言った。
私は覚えていると答えた。埼玉の家に遅く帰るのは大丈夫かと聞くと、戸田は答えた。「あー、さっきお父さんと電話をしました。問題ないですよ」
「ねえ、杏奈。いつ引っ越すの?楽だよ私の家は」蔦は言った。シェアハウスのことだった。
「あそこは私の学校とちょっと離れているんだよ」
「そうだけどさ、一緒にいたら楽しそうだし――来週遊びに来て!藤間さんはめっちゃ暇なんだからきっとおいしいものを作ってくれるんよ」
「暇?」
「うん、彼女は大体仕事がないけどさ、一日、二日の仕事くらいだけど一週間インスタをアップして忙しいとファンを騙してるんだよ」
え?
地下アイドルということは本当に地下でこっそり活躍しているアイドルというより、小さくあまり有名じゃないグループの定義で、それは桜田STみたいなメジャーなグループと区別した呼び方だった。
十分ほど歩くと着いたコンサート会場は偶然にも地下にあったが。
ほかの一期生の香取さんはそとで待機した。一緒にチケットを買って入場すると、なかは賑やかでもう数百人くらいいるようだ。
桜田STのメンバーたちは目立たないように別れて立つ予定で、ステージの方に行く前に稲村は後輩たちと話した。「地下アイドルのファンはとても熱心ですね、今日はこのライブを見てほしいです。うちならなんでも準備してくれて、私たちは練習するだけで安心だと言えるけど、地下のグループはバイトしながら活躍する人もいて悩みも多いはず。彼女たちの闘いは『本当の闘い』だから、ファンはそれを感じて応援したいの」
キャプテンの稲村さんはステージをチラッと見ると、続けた。
「みんなにバイトをしてほしいと言う意味じゃなくて、ただ私たちもその熱心な気持ちを抱いて、アイドルの道を歩んだ方がいいと思います」
人、とうことか。
コンサート会場の音楽が大きくなって歓喜する大勢を見たら、そとではこんな風景の日本を想像できない。
東京に住みはじめた私は、だらだらと起きて島根にいるようだと思う日もあったけど、今、国民的アイドルグループのメンバーたちの近くにいるのは夢だと感じた。人生がこれほど急に変わるのに驚いた。
将来、私はどこにいるだろうか。
私は存在している自信があっても、多くの人のなかに立っている私は存在しないようだ。激しい川に流されている私は、いろんな選択をしたと思っても、結局ただ意識があるままに、物事を見ているだけじゃないか。
以前から私はなにも変わらない。
それは八年前、降ろされる美しく赤いクルミの木を泣くことさえなく、ただ立って見ていた私と……
「もしほかの人が見るためじゃなければ、私たちが微笑んでいるのはなんのため?考えたことある?」
中学生のとき、島根で母は運転しながらこう言った。
人の表情はそとへ映し出される気持ちだけではなく、ある程度相手も自分の存在の一部分になるということだ。それは協力的な社会などではなく、文字通り、若いときに人との経験が少なければコミュニケーション能力に障害が出ると母は説明した。すべての人は自分の見た目、ステータス、才能など見ている『だれか』がいるかのように行動している。
コンサートの終わり、ここに立つ私はこれ以上なにができるのか。
『みなさーん、もう一度!!』
「オォー!!」
観客はアイドルのキャプテンの呼びかけに応じた。
動けない……
いつでも私は動けない。
やるべきことをしていると思っているが、ただほかのことができないだけじゃないか。
「嬉しかったり悲しかったり、自分の気持ちに気づくのは他人がいるからね。他人の瞳で私たちは自分を見て、そうじゃなければ私たちが今感じている自分じゃないかもしれない」
松江へ向かって運転している母は、微笑みの話をしたあとそう言った。すると私は聞いた。「気持ちなら、私は自分で感じると思いますが」
「うーん、ううん。彰くんはまだほかの人がいるようだと感じるんだ」
「そうですか?」
「そう。人はなんでも感じたことをだれかにいつか伝えられると思っていて、それが感情になるね。そういう環境じゃなければ、人の感情はいらないことになる。人は相手がいなければ自分の存在がない……そう言っても人は相手や社会と一緒じゃない。常になにかが不足している存在と言えるね」
意識がある、という人の呪いか。
無力に流されるのはいいけど、自覚している私は、なぜその『明かり』を見ているのか。意味がないみたいだが、三日月のように夕暮れに薄く見えるのは気のせいじゃないと。
淡い美しさを見られるのは、私が生きているからなのだ。でも月下の闇に、その『美しさ』はただ幻じゃないのか……
「あっ!」
私がいる三期生の二人組を鵜飼さんは見守っている。だが蔦とほかのファンも気づかない間に、リズムにあわせて跳んでいたファンが鵜飼さんにぶつかったせいで転びそうになった彼女を私は受け止めると、ハグしたようだった。
周りが混んでいたせいで鵜飼さんは簡単に離れられなかった。どきどきする余裕もない間に、背が高い彼女が私と少し見合うと言った。「保護者さん」
「はい」
「……赤いね」
――――――――――――――――――
後書き
- 鵜飼すみれが彰の見た目で東京の人と言ったのは、格好いい、都会人みたい…と遠回しに伝えています。彼女と彰に展開が…?!
- 藤間穂花は本当に暇人なのか…?
- 戸田杏奈(三期生)はまだまだ登場ます!
最後は彰の『ループ』する悩みです。
父が死んだ後、人生はただ川に流されるようなものかと思うようになり、自分には選択肢があるようで、実はただ流されている自分を見ているような意識がある状態だと感じています。
そう思いながら『究極の美しさ』(肉眼で見られない)の存在が気になります。もし人生が全く無駄なものなら、なぜいつでも夜空を見上げると美しく淡い月があるのか、何かの悪戯かと思います。
『人』はただ働いて死ぬ存在か、特別な意味があるのか、コンサート会場で実は彰はぼんやりと『美月』のことを考えています。
イラストは主な登場人物6人です!初めてのグループの絵かな 😫
https://kakuyomu.jp/users/kamakurayuuki/news/16817330657035750021
第7章が終わりました。次回はこの章の『要約』と次章の予告編です!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます