64 うつひめ(宇都宮楓)との一日デート (イ付)


東京にいるとき、私はバイオリニストの宇都宮楓さんにも会った。



彼女と出かけるのはもう美月に伝えた。最初ただ食事するつもりだったが、私は野球を見てみたいと言ったせいで彼女はチケットを事前に買ってくれた。会った日には東京のスタジアムでの試合がないため、私たちは新橋で待ち合わせると一緒に電車に乗って横浜にベイスターズとジャイアンツの試合を見に行った。

  もう何年間か日本にいるのに、こんな大きなスタジアムにいるのは初めてだった。シーズンがはじまったところだと聞いたのに、すわっているベイスターズ側のみんなはチームのシャツを着て帽子を被って、スカーフも巻いて、旗とかもあるのでスタンドは青に見えた。楓さんはベイスターズのファンじゃないけど、応援の歌で選手の名前を聞くと、海外の選手ならどの国の出身か彼女は知っていたらしい。

  「楓さんは野球が好きですね」

  「うーん、好きだけど、そんなに見ないね。ただ選手があまり変わらないから結構覚えたんだ」

  「なんか食べますか。私はちょっと下に行くけど」

  彼女はちょっと考えると答えた。「唐揚げはいいけど、でもそろそろまた食べるよね。お茶でいいよ」

  スタジアムには人が多くて、席から降りたときに人だかりを通って、自販機でドリンクを買いながら彼らに流されて席に戻れない理不尽な想像をした。

  大勢の喝采に包まれながら楓さんはたまにゲームを解説してくれた。なぜラインアップはこうされたか、さっきのピッチングの目的はこうで、バッティングする人はこう対戦して、そういうことだった。複数のファールボールを見ると意外と戦略に使うと感じて、もし彼女といなかったらただもっとホームランがでればいいゲームだと思うかもしれない。

  そして急に周りの声が大きくなると、楓さんは私の肩を揺らした。「え、なんですか?」

  「ホームランだよ、ホームラン!聞こえなかったの?」

  あの透明なキーンという音か。「どこに行った?」

  「あの辺……あー、落ちた!」

  楓さんは髪の毛を緩く束ねて、アウターの下にセーターとジーパン姿だった。暗くなっている空と眩しいナイター塔から、右の席にいる家族を見ると彼らは唐揚げなどをおいしそうに食べていた。買った方がいいかな。

  そう思いながら楓さんの方にまた振り向くと私は言った。「……でも学校の野球ってさ、みんな必死にやているみたいですね。今選手のみんなはちょっとのんびりしているように見えるけど」

  楓さんは笑った。「そうかもね。学校ってワンチャンスでしょ。プロ野球は毎日やっていて、そんなにフルでやったらすごいストレスだと思う」

  

  その夜、ベイスターズが勝った。最初私は帰ろうとしたが、花火があると楓さんは言うので待った。そして本当にフィールドに引き込んだ機械で打ち上げて、夜空にたくさんの花火が打ち上げられた。

  帰りの電車で、楓さんは私が急いでいるかと聞いた。「まだ一緒に食べる?」

  「いいですよ」

  九時半過ぎ、私たちは五反田の居酒屋にすわって、いろんなスナックや楓さんはビールも頼んだ。バイトらしいウェーターが離れると彼女は言った。「十一時までって遅すぎる?もし電車に間に合わなかったら、タクシー代を払うよ」

  「自分で払うんでいいです」

  「私が誘ったから。払わないとだめね」

  少し食べてしゃべるとメッセージが来たので楓さんは携帯を見ていた。チャットから彼女はニュースサイトも見て、その日私は全然ニュースを見なかったので、あるニュースの人物について聞かれると私は知らないと答えた。「グラドルですか」

  「うん、かわいいね。彰は男子だから知ってるかと思った。こんな、自殺したなんて残念ね」

  「原因は書いてますか」

  「まだないけど、コメントにはグラビアって競争が激しくて仕事がないからと書いてて……え?この人は京猿きょうえん照荘しょうそうの彼女だったのか。君は聞いたことある?」

  それは一件のコメントかららしかった。京猿照荘さんって島根に着いたばかりぐらいのときにもう名前を聞いたことがあったんじゃないか。名門出身で日本の伝統芸能で有名な人としてよくメディアに着物姿で出演していた。それは四、五年前か、テレビに彼の『竹の葉』という曲、琴で演奏した番組をおばあちゃんと母と一緒に見たのは。そして私は言った。「彼は奥さんと子どもがいるし、本当にその人と関係があったらニュースにならないですか」

  「そうね、『人間国宝』とまで呼ばれて、女遊びしてたら嫌だな……この人彰はどう思う?いい?悪い?」

  「そんなに悪くないと思いますが」

  「そう?あの暴走族と関係があることも?ちょっと危ない人じゃない?」

  「……もしそう言ったら、毎日すれ違って、同じ列車に乗る人ってそれくらい怪しい人が多いですよ。ただ京猿照荘さんみたいにニュースにならないだけですね」

  「怪しいって変態という意味?」

  「いいえ、『悪い』の言葉ってあまり使いたくないですから」


  エリンギステーキを食べると私は続けた。


  「日本人は、違法じゃないなら悪くないという概念を抱いているって、私は日本出身じゃないから感じますね。マナーを守る面もあるし、でも自分に影響がないことと見るなら、例えば二度と会わない通行人には、はっきり区別がありますね……もう会わない彼らは自分の家族や仕事のことのように価値がないし、価値がある人って具体的にだれか、いつ来るかもわからないけど、微笑んだら心が疲れるから、空の微笑みをあげる。空でも違法なことではなくて、そう毎日それをやり続けて、捕まらないなら自分はいい人と思いそうですね。もし『悪い』って重大なことで悪い人はテレビの犯罪ニュースの中だけにいるなら……日常の人の気持ちを傷つけることとか、捕まらないから悪くないと、人の感情はそのように軽いものらしいです」

  楓さんは少し考えると言った。「それはみんなのことかもね」

  「なんでですか」

  「私もさ、もし今彰に微笑んであげたら、どのくらい『空』かわからないね。だって、彰は私といなかったら彼女とどこかであそべるよね。私も自分勝手なんだ。彰に微笑んでも、自分のためらしいね」

  「……私も楓さんと会いたいですよ」

  「そう?」

  「はい」

  楓さんは笑った。「じゃあ、お互いの『空』の微笑みね」

  

  彼女は携帯でニュースを見ながら、電話が鳴って出た。それは彼氏からだとわかると私は聞いた。「今帰りますか?」

  「いいえ、彼はまだ仕事ね……えっと、一酸化炭素中毒って、車でもできるね」

  「そうですか」

  それはさっきのグラドルのニュースのことだった。「うん、排気管を車内に繋げたらできそうね。そのまま寝たらしい、彼女はそんなに苦しくなかったのならよかったのかな」

  「……よくないでしょ。なんで人は死にたいんですか」

  「いろいろ。お金の問題とか、失恋とか。彰はまだ若くてあまり考えないかな」

  「え、はい」

  「大人になって本当に面倒くさいかな。学生のときは大人になって自立できて自由になれると言われたけど、一旦稼げても大人ってどういう意味かわからない。仕事をしたら人生が充実するって聞いたことある?ちょっと変だね。充実した顔、周りにいっぱいある?」

  私は見まわすと、ほとんどは酔っぱらいのワイシャツ姿の大人たちだった。ビールを飲んでいる楓さんに、私は聞いた。「……なにが変ですか」

  「えー、小学校ってさ、希望の仕事を決めて書くとき、将来自分はこうなるなんて想像しなかったね。みんなも多分そんな日、大人になったらどうなるかなと思った日があっただろうけど、結局ここに揃ってすわっている……幸せな人ならもっと早く家に帰ると想像するけど」

  「はい」

  楓さんはため息をつくと続けた。「元気に生きる、人生は意味がある、そう言うことは小学生に教えることじゃないかなと思ったの。本当はあまりそんなことないし、『人生』ということなんてだれが持っているかもわからない。さっきのニュースね、自殺して悲しいと言った人がいるけど、もしもともとその人生がないなら、大切なことじゃないね」

  「楓さん……」

  「くだらない話ね。えっと、聞きたかったけど、学校でいじめにあったことある?」

  「どのくらいがいじめですか。ないかな」

  「そう?私はあったね、高校のときって。直接じゃないけど、ただみんな私を無視したのね……あー、坂本綾って知ってる?ミュージシャンでさ」


  この前、島根で浜辺にいたとき西谷にしやが行ったコンサートに彼女はゲストとして出演したらしい。知ってると答えたが、楓さんは携帯で読んでいたニュースの彼女の写真を見せた。

  そして私は言った。「有名ですよね。文化祭のバンドもよく彼女の曲を演奏してました。なんでですか」

  「彼女は私の先輩なの」

  「そうなんですか?高校の?」

  「中学校も。彼女も三重県出身なんだよ。一つ上で、同じ音楽学校にも通ったし、高校は違う部だけど、私はクラッシックでしょ、彼女はロックバンドをやっていて、でも仲良かったね。ね、これ見て」

  そして坂本綾とのチャット画面からか、本当だ、楓さんは彼女とのツーショットを見せて、下のメッセージを見て私は『うつひめ』はだれかと聞いた。「友だち?」

  「私のあだ名だよ」

  背が高く、しかも黒いロングヘアで格好いい坂本綾は、男のファンより女のファンの方が多いと聞いて、たまにテレビドラマに出演したこともあったが、ファッションモデルとしての方が活躍していた。

  『うつひめ』のうつは楓さんの宇都宮の名字だと思うけど、今まで楓さんと付き合うと『鬱』じゃないかと思った。

  『ひめ』は姫なはずだが、女同士は姫と呼ぶかと思いながら坂本さんの写真を見ると、私は聞いた。「……坂本さんと楓さんってそんな関係じゃないですよね」

  「どんな?」

  「え、女と女って」

  「全然!綾は男が好きだよ」

  「はい、はい」

  「なにそれ……多分、私が彼女の友だちになってから庇ってくれたと言えるね、まだ感謝してるね」


ビール二杯目以上はだめと言ったけど、そのあとまた三杯目を頼んで少し飲むと気づいたら楓さんはテーブルで寝ちゃった。十分後彼女が起きたのは良かったが、会計して、そとに出るとまだ変なことを言ってたので、星が眩しいとか……それは街灯という意味?だから私はタクシーを呼んで彼女を見送った。

  浮間舟渡にある彼女のマンションに着くと、彼女がちゃんとマンションの入り口のドアに入るまで見届けて帰るつもりだったが、彼女はそとに戻って、私に言った。「少し寄っていかない?」

  「えっ?」

  「そんなことじゃないよ」


  少し迷いながら私はうなずいた。





―――――――――――――――――

宇都宮楓はどんな人なのだろうか?


坂本綾(宇都宮の先輩のミュージシャン)は登場人物です。


野球場で、唐揚げを食べている宇都宮のイラスト

https://kakuyomu.jp/users/kamakurayuuki/news/16817330653183192154

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る