54 クランクアップ・パーティー (イ付)



三か月間近くある撮影でいろんな問題が当然あって、主に設備の不備とか、はっきり覚えているのは自然の中にいたときだった。群馬県で警察から逃げるシーンを撮影していて、道路にはたまに止まっている車はあったが、そのなかにおじいさんが止まっただけではなくスタッフに話しかけていろいろと聞いた。すぐに立ち去ると期待したが結局彼は二、三時間くらいしゃべり続けて、この事件はスタッフのなかで数日後でもまだ話題になっていた。

  雪が降ってもそのまま撮影したこともあるし、みぞれから逃げたこともあった。そして長野県では林のなかでだれかが熊らしき影を見て、みんな怖がって集まって、仕事を再開するのに三十分近くかかった。その間疲れて寝不足の日が続いても、悪い経験だとは言えなかった。


  富山県で午後に最後のアパートのシーンを撮ると、その夜非公式のクランクアップパーティーが行われた。ちょっと贅沢な市内のステーキの店で、墨田さんと奥さんはもう東京に帰ったが、矢野さんと二十人以上のスタッフはまだいて三つのテーブルにすわった。ビールの代わりにワインになって、お酒を飲まない人数がはっきりわからず注ぎすぎてグラスが余った。

  スタッフに聞いてみると私のマネージャーの工藤さんも参加してよかったが、当時彼はほかの子も担当していて、次の日に仕事だから早く東京に帰りたいと言った。「えー、残念ですね」

  そのアパートのロケで、終わったあと私は言うと、工藤さんは答えた。「今日楽しんでくださいね。一緒に参加できなくてごめんなさい、ケアも十分じゃなかったし……」

  「いいえ!ここは遠いし、でも快適だったのであまりほしいものがないと言ったんですけど」

  彼は笑った。「俳優によっては足をマッサージさせることもあるそうです。また会うのは月末くらいですね」

  「はい!」

  芸能界でマネージャーが一人で数人を担当するのは普通で、その仕事はスケジュールを調整するだけではなく、仕事を探すなどイニシアチブに働く面もあるので、よく全日彼らは担当の芸能人のことばかり考える姿を見た。工藤さんの場合、三十代の彼はいろんな子を見ていて、私を加えたのは彼が新人教育が得意で、彼が私のマネージャーになるのは白石社長の直接的な支持だと聞いた。


  白ワインか。


  学年末試験を延期してくれたがまだ私は心配していた。そしてステーキのセットのスープを飲みながらほかの人の琥珀色のグラスを見ると、ジュースみたいな味じゃないかと私は思った。おいしそう……

  だめだ!私は未成年でしょう。飲むのはいけないんだ。

  でもみんなは賑やかで……

  周りの顔馴染みのスタッフと俳優を見ると、撮影がやっと終わった開放感がわかるけど、私にはただの夕食だ。おいしいものを食べているけど、毎日のおいしいロケ弁と変わらないじゃないか。大人と働いて、ただ少しこの気持ちを味わいたいんだ。

  しばらく躊躇すると私はその余ったグラスを手に取った。盛り上がっていてだれも気づかない……私は飲んでみた。


  苦っ、


  でもちょっと甘い……


  少しだけ飲んでほかの人と普通にしゃべって、いい感じと思っていたら隣にすわった南さんが言った。「浅井さん赤いよ、大丈夫?」

  「え、そうですか」

  もうしばらく飲むと心拍数が上がってきて、お手洗いに行ってみると自分の顔が妙に赤くなっているのに気付いた。アルコールのことをスタッフに心配されそうだったが、撮影が終わったからか、いい気分で私はただ大丈夫と言って、少しずつワインを飲んで周りの人としゃべっていた。そして帰るときにレストランはホテルまで徒歩十分の距離だが、スタッフはタクシーを呼んでくれた。このタクシーにすわると、いつの間にかホテルに着いた。

  ホテルの受付スタッフに顔色を見られたら、女優の私は、しかも未成年で、問題になるかと心配してマスクを付けて素早くロビーを通って、部屋に入るとベッドに倒れた。


  時間は十時くらいで、彰くんは期末試験の勉強をしているだろうから邪魔したくないけど、気づいたら電話していた。そして彼の声が聞こえた。「今晩は。空いてる?」

  「うん、今ホテルだよ」私は答えた。

  「よかった。今日最後の撮影だったっけ」

  「そうそう。彰くんはどう?忙しいでしょ」

  「試験?もうほとんど読んだよ、ただちらっと復習してただけ……えっと、実はもらった数学の質問を見てるけど」

  「え、なに?」

  「あの子の」

  「あー、そっか。どう?」

  「こんなに頑張っていて嬉しいね」

  最近彰くんはSNSで『タツ』という知らない男の子と連絡を取り合っていて、彼は彰くんが投稿したいろんな英語のリンクを見てから、勝手に英語の宿題の質問を聞いてきたそうだ。小学六年生の彼は、英語からだんだんほかの科目の質問も送って、大丈夫かと思ったけど。

  タツは東京とは離れた福岡県に住んでいた。顔は見たことないけど言葉遣いで明るい、頭がいい子と感じると彰くんは私に言った。今富山のホテルから電話しながら、多分酔っ払った私は聞いた。「でもさ、小学校のはそんなに難しくないし、彼が頭がいいならなんで君に聞く必要があるの?」

  「え、それはわからないね」

  「うーん、でもいいね。いつも女の子とあそぶばかりで、たまにいいこともできるんだ」

  「学校ではよく吉木たちといるよ」

  「うそ、ならそのバイオリニストのお姉さんはどこから?」

  「偶然だよ」




―――――――――――――――――

ノート


SNSの『タツ』は今後重要なキャラクターになります!


お酒を飲むと隠した感情をよく解放されるので、この小説には自覚する、『自分』になる意味にもなります。それは社会の中に目立たないようにする『自分』の反対です。


酔っぱらった美月のイラスト

https://kakuyomu.jp/users/kamakurayuuki/news/16817330652331427328

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