57 美月 vs. 紗季 (イ付)


もう『シロハシ』の撮影がクランクアップして、高二の学年が終わったあとお母さんと島根に帰る便で、お母さんの隣の席の男性がなにか話しかけると私のサインかと思ったが、実はただ出雲空港にコーヒーショップがあるかと聞いただけだった……私は考えすぎか。ほかの有名な人もそうかわからなかった。




二月中旬に島根で久しぶりにおじいちゃんとおばあちゃんに会うと、『シロハシ』をいつも観たそうだが、それだけではなかった。おじいちゃんはネットで私のドラマの写真を探して、放送日に『今日23時40分 美月ちゃんをご覧ください』というメッセージを写真に書き込んで友だちに送っていると知った。そして私は言った。「それは恥ずかしいよ、おじいちゃん。彼らは見たくないかもしれないし」

  「いいや、楽しかったと言われたんだ……あとは美月ちゃんって又渡、島根の誇りでしょ。みんな観たいんだ」

  島根出身の芸能人はほかの人口の少ない県と同じようにあまりいなくて、そういうわけで私はネットで島根の人に注目されているのかな。家での夕食で撮影現場のことを語りながら、思い出したので私は言った。「あ!私はほかにもお土産があるんだ」

  そう言って私は自分の部屋に上がって、戻ると硬いフォルダを食卓で開けた。おばあちゃんは聞いた。「これなに。紙?」

  「はい。でも普通じゃないの、見て」

  厚い紙が重なっていて、白地に黒いマーカーで美しい字で書かれた名前をおじいちゃんが見つめると俳優の墨田義道のサインじゃないかと言った。「でもこんなに。どうやって手に入れたの」

  「六枚あるよ……撮影のとき彼と親しくなれて頼んでみたんだ。うちの玉置家へとサインした一枚があるけど、おじいちゃんはいいと思う?」

  「いいよ。えっと、俺に二枚くれる?小嶋さんと東さんにあげたら嬉しいと思う……大丈夫?あー、女優の孫がいていいなぁ」


  そのあと友だちに会いに行くとき、墨田さんのサインをあげるため私はまた同じフォルダに入れてリュックで背負った。彼は有名な俳優だからこのサインをもらったらみんなびっくりしそうで、俳優同士がそうしたのは珍しくないかと聞かれた。高校一年生のときの親友あいちゃんと会ったときに、もらったサインを長いこと眺めると彼女は言った。「本当に彼に聞いてくれたの。最初ただみったんの冗談かと思ったよ」

  「いいよ、墨田さんはとても優しいから。どう?彼の筆跡きれいね」

  「うん!ね、みったん」

  「ん?」

  「本当に、本当にありがとうね」

  

  と彼女は笑顔で言った。

  

  益田の成白高校の同級生柴崎愛理は、席がちょっと離れたけどいつの間にか友だちになって、放課後二人きりでどこかによくあそびに行ってなんでも話せる人だった。

  あいちゃんの家は又渡にもっと近く、益田の隣の市の浜田にあった。電車に乗って、カフェに行ったあと午後はあいちゃんの家に移動して、ベッドルームでお茶を飲みながらいっぱい芸能界のことを質問された。話しながら私は女優の米沢宏子さんとのツーショットを見せると、彼女のドラマも観たあいちゃんは二人ともだんだん有名になるんじゃないかと言った。「でもみったんてさ、結構変わったね」

  「え、そう?」

  「明るくて、もっと自信があるみたい」

  「あ、ごめん。それは私がしゃべりすぎたからかな」

  「そんなことないよ。でも本当に変わったと思う、売れる女優ということだよね……今度会うのは難しくなるかな。え?えっと、芸能人ってさ、有名な人としか付き合わないでしょ。なんかキラキラした生活みたい」

  「あー、それね、あいちゃんはただニュースとかで見たからでしょ。実は彼らは一般人の友だちもいるの、ただ公開しないだけで。米沢さんもそうだよ」

  「そうなの?」

  「あいちゃんと楽しく話せて嬉しいね……わからないけど、今から私は忙しいときもあるかもしれない、でも、例えばあいちゃんが東京に来たら、先に連絡してくれたら絶対会えるよ」

  「ありがとう。みったんは最高だね」

  「いやいや、あいちゃんも最高だ。今度会ったら私はもっといいサインも持って帰るよ」

  「マジ?じゃあ、くすのきルイさんのもらえるかな」

  「会ったらね……でもそんな機会って、なにか女優の賞を取るときじゃないかな……」


  島根にいる間、もし私が友だちと出かけないなら普通に家にいて、暖かいリビングでテレビを観たり雑誌やなんかの本を読んだりして過ごした。もう期末試験は終わったけど、数学でわからない点がまだあって、高三で問題になるかと心配してある日私は中学校からの友だちに教えてもらった。朝から彼女の家にいて、勉強してから一緒にネットでいろんな面白いものを見ていた。夕方に帰るときお母さんが今からスーパーに行くとわかると自転車で迎えに行った。

  いつものように空いていたこの広い駐車場に、私はゆっくりと入口近くに駐輪していると、そのときあるの車が寄ってきた。

  最初はあまり気にしなかったが、振り向くとどこかで見たボルボで、降りたのは紗季ちゃんとお父さんだった。


  は?


  私はわけがわからなくて、思わずに逃げようとした。でもスーパーのなかに入っても、こんな狭いところどうせまた会うんじゃないか。駐車場には隠れるところもないし、そう考えていると紗季は私のことに気づいて明るく呼んだ。「美月ちゃん!お久しぶり!」

  私の方に向いたお父さんにお辞儀して紗季ちゃんを見ると、彼女はいつものフレンドリーな笑顔を見せた。前より彼女の髪の毛が伸びて、ショートボブでかわいい。彼女に挨拶すると私は四日前島根に着いたと言った。「紗季ちゃんは買い物する?」

  それは当たり前だけど……紗季ちゃんはうなずいた。「今日の夕食はなにかの味噌煮と麻婆豆腐を作ろうと思ったんだけど。美月ちゃんは?」

  「野菜とかちょっと足りないの、だから。でも紗季ちゃんはすごいね、麻婆豆腐って。自分で作るの?」

  「うー、うん。お母さんの手伝いね。助かるかわからないけど。ねね、『シロハシ』観たよ。美月ちゃんめっちゃかわいかったよ。実は私の学校で美月ちゃん大人気になったんだ」

  「そう?」

  「うん!美月ちゃんのドラマの話とかね、よく聞いたよ。でもひどいね、男子って。今は美月ちゃんが大好きとか言って、中学校のときとかコクる気なんてだれもなかったんじゃない」

  「いや、それはいいよ」

  「だめでしょ、君が有名になったから取り合いたがるみたいね」

  まだしばらく東京での生活の話をすると、そとは寒かったからお父さんについて一緒にスーパーに入ろうとしたとき、紗季ちゃんは彰くんのことを持ち出した。「あー、彼は紗季の工場でバイトしてるね。どう?よく掃除してたと聞いたけど」

  紗季が笑った。「掃除もかな。彼はパソコンでの仕事をしてるね、いろいろできて雇ったのは正解だ。おじいちゃんもよく彼は頑張っていると褒めてたんだ。今は毎日働いてるし、でも心配しなくていいよ……あ、もう彼と会った?」

  「うん、昨日はね」

  スーパーに入ると私たちはゆっくりとシェルフを通って、並んだお弁当を見ながら紗季ちゃんはさっきの話を続けた。「よかったね。彰くんってさ、普通にあくせくする人じゃないのに、美月ちゃんと会うため、東京へ行くためにこんなに頑張ってるのはすごいね……羨ましい」

  「え?」

  「なんでもない!美月ちゃんは買い物していいよ」




――――――――――――――――――

紗季ちゃんどういう意味……⁈


浅井美月の母の旧姓=玉置です。

(松島彰の母の旧姓=今泉)


次回より3つの話は、やわらかいエロ警告です!


紗季の殺気イラスト

https://kakuyomu.jp/users/kamakurayuuki/news/16817330652582286172

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