15 名も無き神様の神社
第三章の終わりに(次の
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もともと美月の身体が弱くて、二年前から入院したことはよくあった。毎回点滴、薬、注射を受けて気持ちがよくなっても、体内の働きには異常があるかもしれないので、今まで病気を特定することができていないそうだった。「いつ治るって先生は教えてくれないの」
「それはないかな」
気のせいだと思わないけど、そのとき私はまたミカンの匂いがした。だが周りを見ると果物はなかった。「でも、美月さんは、今は前より元気そうじゃない?」
「本当?」
「うん、顔色がいいし、気分もよくなっているかな」
美月は少しうなずいた。遅く点滴棒を押してベッドに戻ると、すわる前に彼女は言った。「多分彰くんは私の治療かな」
「……私が?」
彼女は少し考えた。「私は家にいすぎたかもね……もう二時?そういえば彰くんはもう昼ご飯を食べた?あ、よかったね。実は裏の道を渡ったらおいしいラーメン屋さんもあるし、餃子の王将もあって、あとはゆめタウン。行ったことある?いいね、レストランが多いんだ。もし彰くんが次回ここに来たら役に立つ情報かなと思うけど」
「次回?」
「……いえいえいえ!私のお見舞いに来てほしいわけじゃないよ!」
彼女は慌てて手を振ると私は言った。「いいよ、明日も来るから。まだいる?」
「うん、でも来なくていいよ」
「大丈夫、暇だから……多分昼前に来るかな、下にファミマがあるね、お弁当買ってここで一緒に食べたらいい?」
次の日、またお見舞いに来た。美月のお母さんとしばらくいると彼女の祖父母がここに着いて、そして夕方に彼女のお兄さんも来て会った。三日目の帰るとき母の車に乗っていると美月のメッセージが届いた。土曜日にもう退院すると彼女は言った。『本当?』
『うん、さっき先生と会ったんだ。よかったー』
日曜日に美月に誘われたので、私は彼女の家に昼食を食べに行くとそこで私たちは携帯と雑誌を見て時間をすごした。テレビのせいか、芸能人たちが茨城県のパワースポットを巡る番組をしばらく美月は見ると自分もパワースポットに行きたいと言った。「えっと、神社とかさ。私お参りしてもいいかな」
お母さんは振り向いて聞いた。「どういう話?今?」
「うん!まだ午後でしょ」
「でも寒いけど大丈夫?」
「彰くんも一緒に行くから大丈夫よ」
は?
お母さんとおばあさんを少し説得すると、美月は私に言った。「私はちょっと部屋に行くから、待ってね。」
「え、うん」
二階の彼女の部屋から降りるとダッフルコートとストールを重ねた以外、手に小さなグラスのボトルを三本も持っていた。どこかで見たことあるかと思いながら彼女は私に言った。「これはライラック、これパイナップル、あとこれキュウリ、どれかえらんで」
「なにこれ?」
「香水だよ。え?まだ言ってなかったっけ。私が気分の悪いときってさ、こんな匂いが本当に助かるの。だからいつも持ってるのね」
「……ミカンの匂い?」
「あ、そうそう!それは私の一番好きなのだ」
もしかして森にいたとき、彼女が目覚めたのは……私が勝手に香水をスプレーしたおかげか。
「どっち?」
彼女の手にあるボトルの色を少し見ると、私はライラックと言った。「私、持つ?」
「うん!持ってくれたら嬉しい。でもやっぱりね、松島くんに似合う香ってさ」
キュウリの香水なんてだれもえらばないでしょう。
そういう香水は最初自家製のものだったが、そのあとお父さんの知り合いの工場に頼んだと美月は説明すると、私たちはそとに自転車に乗りに行った。地海駅近くの病に効くと有名な神社へお参りに行った。祈ったあとおみくじのところはきれいでしばらく見て、二百円なんて彼女も私も払いたくないから私は箱を振ってみただけだった。そこからまだ十五分しか経っていないので、次に私の家の近くの神社も行った。入り口から参道はちょっと長い以外高い階段もあった。そのときは人がほとんどいなくて、大きな木々の木陰を散歩して本社の前に着くと、美月は賽銭箱にお金を入れて祈った。
私は長く待った。お願いはなにと聞くと、彼女はいろいろと答えた。「みんなのことも。家族、友だち、あと彰くんのも」
「私?なに」
「え、例えば、そろそろ学校がはじまるから問題がないようにね、そんな感じ」
「でも、どうやって叶うの?」
「え?」
「神様って、いる?」
声が大きすぎたらちょっと困ると、周りにだれもいないらいしかった。そして私は言った。
「え、えっと信じないわけじゃないさ、見たことないだけだ。テレビにも神社を参る人ってよくいたけど、見えないものにみんなはそんなに平気に……なんか求める?」
美月も少しぼーっとなった。「ねえ、私も見たことないけど」
「でしょ、これは建物ばかりなんだよ。神様はそんなに人の希望を叶えられたら、こんな狭いところにいたくないと思う……うーん、空とか、あっちの山も広いね。そこにいた方がいいし、なら神社でもどこでも祈っても違わないじゃない?」
「でもみんなはこうしてるの」
「そうなの」
「えっと、彰くんも……祈ってみる?」
「私?」
美月はうなずいた。「うん。ただ手を合わせて」
「……なにを祈る?」
「なんでも」
「は?」
美月は私を見ると微笑んだ。「神様は聞いてないかもしれないけど、私は聞いてるよ。もしね、彰くんのほしいことが、例えばここに……友だちがほしいとか、小さなことだけど、ちょっと私ができることかな」
「いいけど、美月が代わりに神様になっちゃうよ」
「違うよ!言っただけ。ほかになにがほしい?祈ってみて」
「とくにないけど」
「うーん、彰くんなら、いろんなかわいい子と出会うのとか?」
「どいうこと?」
「わからない……紗季ちゃんもかわいいね、あとはだんだんかわいい子が来るかもしれない」
「そんなこと神様に祈るの!」
「いいよ。神様は聞いてるし、もし叶ったらよくないの?」
また美月は振り向いてただ普通に微笑んだが、なぜか彼女の目を見ると妙にこれは神社じゃなくて、どこかの森のなかにいるようだった。晴れていたのに、密な木陰のなかは暗くて、この緑の暗がりからは……抜けられないみたいだった。
風か、神社の木々のさらさらとした音が聞こえた。
まだ空は青だ……
彼女から私は本社に向き直って、息で手を温めてから手を合わせた。祈りながらなぜかあの林ヶ坂の背が高い女子を思い出した。将来の仕事とかも祈ってと美月は促していた。「もっとお金を入れたらいっぱい祈ってもいいよ」
「十円だけだよ……」
そこから帰ろうとしたが、途中少し行くと小さな神社があると私は美月に伝えると、まだ家に帰りたくなさそう彼女は寄ってみたいと言った。人がいない丘を上る小道は、しばらく森の道を自転車に乗って着いた。遠くから眺めると美月はここかと聞いた。「うん、小さいね。言ったじゃん」
道端の空き地に家みたいな木製の建物があって、前の部分に掛ける縄を見たから初めてここに通ったときにこれは神社だとわかった。駐輪してその近くに立つと、屋根が美月の身長より少し低くて、ミニチュアの神社にも見えたが。そして彼女は言った。「ちゃんと手入れをしていそうだね、この神社。でもこんな麓にだれが来るかな」
「いつも通ってだれもいなかったけど」
「そうなの……ねえ、見て、これは面白いよ」
彼女が見ているのは神社の説明だった。字が書道っぽくてあまり読めないので今まで私は無視していた。「なんと書いてある?『あかり』?」
「そうかな。えー、ちょっと言葉は難しいけど、彰くんわかる?……明神社、ここは……昔、いえ、遠い昔には礼拝されたけど、今は名前さえ残らなかったと書いた。珍しいね」
「なんで?」
「どの神社でも神様の名前があるでしょ。残らないほど古いなら縄文時代の前か」
紗季と勉強したおかげでそれを覚えた。「一万年前?」
「いいえ、書いてないけど。えっと、『名も無き神様』って、さっき言った名前がないという意味ね。あとこれは読めるでしょ。『初めの明かり、大自然の声、見捨てない人たちの心にまだ聞こえている。歳月で流されないため創造された』。昭和三十五年だった。あ、それは六十年代くらいだ」
「どういう意味かな。日本って変なものが多いの」
「私もわからないよ」
そう言ったが、美月は財布からコインを取り出して賽銭箱に入れた。祈っていた彼女の周りを見ると、ここにはだれもいなくて、もし私も祈ったら聞くのはどこかの神様ではなく、彼女自身じゃないかと思った。
しかし来週に美月はまた入院した。彼女の祈りの言葉は、冬の強風に飛ばされたらしい……
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