12 初デート
普通に毎日やり取りして期待してなかったが、急に美月は土曜日に私を彼女の家にあそびに来るよう誘った。自転車でその日の午後、彼女の家の近くまで行くと彼女はもうそとで待っていて、それで私を近くの丘に導いた。家のそばを通るとき、私をそとで待たせて彼女はスナックなどを取りに行こうとしたので、私は呼んだ。「待って!大丈夫なの、私はまだお母さんに挨拶してないよ」
少し遠くから彼女は答えた。「もう言ったからいいの。ちょっと待っててね!」
そう言って美月は家に走って行った。
大きな木があるその丘には、下に草むらが茂っているけど、草が膝より低いところもあってすわれるらしい。前の田んぼや林の景色を眺めると家は疎らにあっても、人が見えなかった。ここか。そう思っていると風が吹いてきた。
涼しかった。
近くの草や稲、そしてもっと遠い林の緑が揺れてさわさわと聞こえた。爽快感、この言葉か。爽やか、清々しい、日本語でこんな表現かな。これは美月の家か。本当に私がいていいのか。
でも、誘われたんだ。
ありがとう、
美月。
しばらく立っていて、振り向くと美月が急いで歩いてきて木の下に着くとピクニックシートを広げた。彼女の持ってきたバスケットを見るとお菓子ばかりだった。もうガーゼは取れて傷口が見えたが、気にすることなく笑顔で彼女は言った。「これはバッタークッキー、本当においしいの。あとこれポッキー、ポテチ……えっと、松島くんはなにが好きかわからないから、いろいろ持ってきたんだ。あ、これは松島くんのコップだよ。お茶を持ってきたの」
彼女が持っているのは、コンビニでよく売っている一リットルの紙パックの冷たい麦茶だった。彼女はグラスに注ごうとすると私は言った。「こんなに、大変だったでしょ……!」
「家が近いから大丈夫よ」
スナックのことだけではなく、私がそう言ったのはまだギプスをしている彼女がここまで持ってきたので困っていた。「ただすわるだけかと思ったから」
「そうしたらすることがないね。これ、雑誌も持ってきたけど、一冊だけでいい?」
美月のものをなにも食べないつもりだったが、しばらくすわると美月はクッキーの箱を私に差し出してきて、一個取って食べた。
おいしい。
私たちはしゃべりながらお菓子を食べた。そばにいる美月は前回と同じTシャツと短パン姿で、長い髪の毛を下ろした彼女は、笑顔で雑誌のページを見せた。香ばしい匂いのするパン屋に入るみたいな気持ちになって、彼女はそんな匂いはしないけど、私は彼女にとってなにかな。友だちがいないから私を誘ったのか、なにか理由があるかと思っていると、突然彼女は聞いた。「彰くん、彼女がいる?」
えー!?
振り向くと彼女はいつもの笑顔で、冷静だった……日本のみんなはこう平気に聞くか?
美月の瞳の色は明るいけど、見れば見るほど海の深くに沈むような感じだった。長く黙ったせいか彼女はまた言った。「彰くん、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ。彼女はいないんだ」
美月はうなずいた。「欧米の学生って、みんなだれかと付き合うじゃない?」
「どういう?」
「……わからないけど、みんな堂々と交際していると聞いたの。だから彰くんもそうじゃないかなと思った」
「そんなことないでしょ」
そして私は美月の雑誌を見た。女子のデート服についてのページだったから思い出してさっきのことを聞いたか。
こんなに長く彼女といたのは初めてだった。彼女は好きな蝶々が主人公の短編アニメを紹介して自分の携帯で見せながら、そのとき『よっしゃー』というメッセージの着信ポップアップが現れた。『シゲ』って男でしょ、でも彼女は平気そうだった。
次のメッセージは『会いたーい』だった。
私もそれを見ていないふりをした。三分の動画が終わると、急に私の携帯も通知の音が鳴って、見ると母からの夕食を食べるかと聞いたメッセージだった。「あれ?紗季ちゃんからじゃないの?」
気づいたら美月は私の画面を覗くと言った。
「……紗季?え、うん。たまにメッセージをしたけど」
「ふーん」
ふーんってなに?
たまに私は腕時計をチラッと見た。時間が経つのが早くて、空の色が変わったと思うと私たちはもうここで三時間過ごしたとがわかった。帰るときに美月の家に寄るつもりだったが、また彼女は必要ないと言った。「もう帰っていいよ。私がお母さんに言うから」
「そっか……じゃあ、またね」
「うん!」
彼女の笑顔を見ると、森で初めて会った日は現実かと思った。「今度、私がなんかお菓子を買ってくるね」
「え、大丈夫よ」
「買うから!」
次週、私たちはまたこんなピクニックをした。そのあと美月からお母さんが夕食に誘っていると聞いて、三日後私はまた彼女の家に来た。初めておじいさんとおばあさんと会ったし、彼女のお兄さんもいた。お兄さんは直弥という名前で、食べながらメッセージのやり取りをしていて忙しそうだった。この間ほかの家族の人はよく私と話して、おじいさんは言った。「本当だね、友だちが来るのは久しぶりだ」
そして美月のお母さんはうなずいた。「みーちゃんはね、一人でどこであそんでいるのか心配するんだけど」
「そんなことないでしょ」
美月は答えた。ギプスの手を使えないので、彼女は顔を飯碗に近づけて食べていた。すると私は聞いた。「……彼女はそんなに体調がよくないですか」
お母さんは少し考えた。「そうね、急に彼女は倒れることもあって、体力もないし心配してるの……だけど、彰くんと知り合って、みーちゃんは元気になってきたみたいね」
元気になったと祖父母も同意しているようだった。でもいつの間にかお兄さんは見上げると言った。「今度はほかのところ行って」
「どこ?」
美月はそう聞いてお兄さんの方に振り向いた。まだメッセージのやり取りをしていた彼は続けた。「レストランとか、一緒に。お母さんはなにも文句言わないと思う」
美月は眉をひそめた。「……なんでレストラン?」
「彼氏とならそういうところへ行くでしょ」
え?
美月といたときは普通に元気な女の子に見えたが、健康状態の問題のせいか十月に、私は岩橋中学校の文化祭に行ったとき彼女の姿は見えなかった。
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