50 撮影現場、その夜 (イ付)



「浅井さん、浅井さん!」


  長いこと騒ぐ声が聞こえると思って、目を開くと前に何人もの影があった。起き上がれるか、救急車を呼ぶかという声を聞いたとき私は大丈夫と言った。「ただ居眠りしただけです」

  そして私の近くに立っていた墨田さんが言った。「やばいな、失神したかと思った。まず暖かいところに戻ろうか」

  彼とほかのスタッフの助けで私は起き上がった。しばらくすわって休むと、立ち上がろうとしたときにだれかが『花じゃないか』と言った。最初意味がわからなかったが、振り向くと私が倒れたところに三つ、四つの花が雪から突き出して咲いていた。フクジュソウとスミレらしい、黄色と薄い紫色で、さっきはなかったんじゃないかなとみんなが話し合うと私は急いで言った。「ただ私が倒れたとき雪が溶けたのかもしれません!」

  マイクブーム担当の佐久間さんはまだそこを見ていた。「雪の花なんて写真で見たことあるけど、本物はきれいだ」

  「でもまだ十二月って、ちょっと早くないかな」とほかのスタッフの声が聞こえた。


  ホッとした、


  知られたら、どうすればいいか……


  この花を私たちの二、三人が写真を撮った。もう撮影が完了したから、離れるときに振り向くと、もう遠くなったけどまだ白い雪のなかに鮮やかな色が見えた。花は寒くないか。


  同じ第二話のほかのシーンを撮影するために私たちはまた雪のなかにいた。墨田さんの宇治役は私を車から引っ張って林で殺すと脅かすシーンで、撮影を待ちながら制服の上に私は借りた厚いモッズコートを着て、葉のない周りの木々が美しい景色だと思ったのでスタッフに写真を撮ることを頼むと、後ろの枝にリスがいるとメイク担当の堤さんが言った。

  赤茶色のリスは、ふわふわでかわいくて、スタッフの彼女たちが呼んでも無視しそうだった。リスの食物ってなにか知らないけど、そのときパンがあったのでレーズンと肉を取って餌として差し出してもまだ来なかった。盛り上がって調子に乗った私も『おいで』と呼んでみた。ただみんなと同じことをしても効かないと思ったが、妙にそのリスは反応して立ち止まった。「あ、こっち見てる!」と堤さんは声を上げた。

  私たち四人はもっと呼ぶと、リスは徐々に木から下りて、雪に躊躇するように立ちながらこっちに向いた。原因はわからないが、もっと近くに来ると私たちは喜んでいた。

  リスは餌に興味がなさそうで、走ってきて気づくと私の足、そしてスカート、ブレザーを上って、私の肩にしばらくいると頭に乗った。驚きながら、さっきから私の携帯を持っていたセットデザイナーの篠原さんが私の写真を撮っていた。そして言った。「すごいね、浅井さん!動物にも大人気じゃないですか」

  「そ、そんなことないですよ。朝ちょっとナッツを食べて、匂いがするのかな……」

  と私は言うと、まだリスは離れる気がないようだった。だんだんほかのスタッフも注目してきたので、どうするべきかわからない私は『帰ってもいいよ』と囁いた。するとリスは少しなにか考えたように私の腕を降りて、私に一瞥すると雪に飛び込んで林へ走り出した……


  群馬や長野、富山県で一ヶ月以上の撮影があったので、私は学校も休んでたまに長い間東京に帰らなかった。いつも県内のホテルに泊まるときに、スタッフについていってレストランやショッピングモールへ数回行ったが、もし撮影で疲れていたらロケのお弁当を食べて、偶然にもそれは私の好きなほっともっとのお弁当だった。出かけると言ったら周りのコンビニまでで、こんな日も少なくなかったけど。

  一月に私みたいに東京に帰らなかったスタッフが多いので、毎晩彼らはどこかのレストランに集まって飲んでいた。そんな会にもし参加したら、盛り上がったみんなの会話のなか退席するのは難しいので、そう経験した私はよく自分の部屋で過ごした。だが群馬県での二週目の撮影で、高崎市のホテルにいたとき、十時頃まだ夕食を食べていない私は、ホテルのレストランに来ると矢野監督、墨田さん、あとはほかの四、五人のスタッフが隅のテーブルにすわっていた。別のテーブルで食べるつもりだったが、すぐに私を見つけた墨田さんに呼ばれて一緒にすわることになった。

  飲み物は飲料水でいいと言うと、矢野監督はほかの監督の話から評判がいい第一話のことを持ち出した。「本当に浅井さんのおかげだよね、だって映像が良くても視聴者が気づくところじゃないし。浅井さんが話題になったのも期待していたけど」

  第一話で墨田さんが演じる宇治尚の娘が病院でいなくなったシーンから彼は私の役ゆずの生活を観察して、その間ゆずの視点のストーリーもあって、最後に誘拐するシーンまで、実はすべての話を、深夜放送していたときに数人のスタッフと俳優がホテルのロビーのテレビを借りて一緒に観た。楽しいと思うのは自分のバイアスじゃないかと疑うと、そのあとネットを調べると、矢野監督の言った通り私が意外と注目を浴びていた。『この女優は新人?』『かわいい!』『どこのアイドルか!』みたいないい普通のコメントもあるが、このドラマと私の名前のハッシュタグで探索してみると学校のいじめシーン、びしょびしょの私はとくになにも見えないが体型がはっきり見えるので嬉しそうなコメントがあって、あとは車に乗ったとき太ももがあらわになったシーンも、どっちもキャプチャーされた写真が何件もシェアされた。ツバサプリンセス時代の転んだ写真と似て、困るべきかどうかわからないが。

  ホテルのレストランで矢野さんと私立探偵役の俳優の手塚さんとしばらくしゃべると、墨田さんはビールグラスを置くと言った。「アメリカで頑張ったな、お前は。映像のタッチが上手くなった」

  矢野さんがうなずいた。「ありがとう、いろんな上の人の協力のおかげだからね。こんな風な撮影を日本人で受けるかなと心配したけど、無事にできてよかった。でも『白いままに走る』って、発案したときとのイメージとすごい変わったんだ」

  「どういう?」墨田さんは聞いた。

  「そのときアメリカにいたでしょ。最初あそこの風景の道で、砂漠とか走ってモーテルに泊まったりすると想像しても、日本の冬ドラマにするといろいろを適応しないといけないし。一つは『制服』かな。林大介監督にね、このドラマのことを相談したとき彼に制服を利用してと言われたし、だから第二話から私服に着替えるけど、ドラマの半分まで浅井さんは相変わらずそんな姿ね」

  「あー、日本って制服主義だろう」墨田さんが答えた。

  「それは、いつもストーリーは高校を拠点にするみたいなことですか」と古賀さん…みたいな名前のスタッフが聞いた。彼は篠原さんと同じくドラマのセットで働いて、彼のTシャツの柄のロボはどのアニメからかとしばらく思ったが、そのあと下にある字を見るとマクロスだとわかった。

  「そうそう、日本人の私たちは見慣れてるから気づかないけど、外国にはそこまでハマってないです。普通のやり方は高校生がストーリーに必要なら入れるくらいね、でも日本は順番が逆、高校生が絶対いるという前提で、ストーリーをまた考える。だからなんでも高校生だし、大人のストーリーでも学生の娘の役もよくあって、キャストはすべて同級生役で嬉しそう……アメリカで?えー、制服や学生フェチの人がいるけど、一部だけですよ。日本でこれは深く染み込んで、自分も制服が好きってだれも気づかないほどですね」

  こんな会話に少し違和感があるので私は余ったお弁当を開けることに集中した。照り焼きチキン丼を、食べはじめるとほかのスタッフの声が聞こえた。「制服って『かわいい』ってよくみんなは言いますが、ただパンツのことじゃないですか。だって私服もかわいいと言えますし」

  墨田さんが答えた。「そう、あんたは当ってる。制服と言ったら『もうちょっと』という感じね。どう思う?矢野?」

  「すみませんが、浅井さんは……」

  昨日現場についてきたアシスタントプロデューサーの南さんは言って私に向いた。三十歳くらい彼女が、そう言い出したのは女の人だからか。酔っ払っていそうな墨田さんが彼女に笑った。「まあ、いいよ、これは大人の話だ。どうせ聞かなくてもおっさんたちはもっとましな人になるわけじゃないしね。お前はもう未成年じゃないし」

  お前って私?「私……」

  「うん?」

  「私はじゅ、十七歳です」と答えた。

  墨田さんはビールをまた飲むと答えた。「そっか?大丈夫よ、まだ三年なだけだ。ね、矢野?さっきの話って」





――――――――――――――――――

美月は大丈夫かな……


撮影現場の林で、美月とリスのイラスト

https://kakuyomu.jp/users/kamakurayuuki/news/16817330651956249996

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