8 『月』と再会



知り合って二週間ほどが経ったある日曜日、紗季と私は市の図書館で会った。初めてここに来て想像したアカデミックな雰囲気より小説、雑誌、そして漫画が多かった。漫画の本棚を長く一緒に見ると紗季はおすすめの作品をえらんでくれた。あるタイトル、彼女は昔の日本の代表作と言って、でも着物を着るストーリーより前に見かけたマッドマックスという映画の設定みたいで、敵をやっつけた主人公の『お前はもう死んでいる』の台詞を数回見ると、どういう意味かと紗季に聞いた。「死んだは死んだでしょ。死んでいるってなに?」

  紗季は自分の漫画から見ると言った。「この技で殴られたらもうすぐ死ぬからね」

  「でもまだ生きているって、なんで『お前もうすぐ死ぬ』と言わないか」

  「なんだろう。それはもっと強い印象かな?」


  ここはちょっと小さな図書館で、ほかに二人の客以外だれもいなかった。知らない単語があれば私は紗季に聞いて気づいたら、人生で初めて私は日本語の漫画を読み終えた。それを言うと紗季も喜んでいた。「彰くんはすごいね……ねえねえ、えっと、この服どう思う?」

  「紗季の?」

  それは柄のあるTシャツと膝までの薄い緑色のスカートだった。かわいいと言うと、いつもとちょっと違う風じゃないかと彼女は聞いた。「えっと、あまり私服を見たことないね」

  「あ、そうだ」

  「私もあまり自信がないね、友だちと出かけるときとか。これ最近買ったから着てみたの……うーん、去年私は東京に行って、みんなきれいなのを着てたんだ、恥ずかしいね。今度行ったときは田舎者なんて見られたくないから」

  「え、でも紗季はかわいいよ」

  「そう?」

  「なんというか。ただTシャツと短パン?もうかわいいよ。夏にこれ以上なにが着れるの」

  「でもスタイルがよくないの。変な服装を着る女子って、だれも一緒に歩きたくないでしょ」

  は?「全然思わないよ。この服装もかわいいし、普通の短パンもいける、紗季はいろいろ似合いそうだね」

  紗季はうなずくと言った。「ありがとうね!こんなに褒められて彰くんは初めてだったんだ」

  「……褒めてないけど、思ってたんだ」

  「ありがとう!」

  彼女が赤くなったかなんて気のせいかわからないけど。そのあと、多分数年かかって、日本ではそんなことをはっきりと言わないと次第に気づいた。


  紗季は自分の漫画を読み切ると私を誘ってまた一緒に漫画の本棚に戻った。そばに立つ紗季を見ると彼女は背が低くないと思って、ほかの女子くらいだけど、漫画を開いている彼女は私の目線より少し下にいて……彼女の首の周りから、手も足もなんか細くて、見るとなぜか私には変な気持ちがあった。「彰くん、漫画見ないの?」

  「う、うん!」

  すぐに彼女から目を離すと本棚に集中して、すると日本風、かわいいキャラクターの漫画を取った。ラブコメみたいな話で、真ん中を開いたら、もう五巻だからかわくわくのシーンのなかに、次のページを見ると、なぜか主人公は転んで、また次のページに、彼の顔はぬくぬくと彼女のパンツに到着した。


  大丈夫か。


  え?


  気づいたら、紗季もこのページを見ていた。


  え!?


  そのシーンは全ページくらいに描かれていたけど、それを見ても彼女の表情は変わらなくて、ただ笑顔で言った。「『COTTON!』だ!これは本当に楽しいの」

  「そ、そう?」

  「うん、この前読んだときいつの間にかもう午前三時くらいだったんだ!またこんな漫画あったらいいな」

  日本人って、身体の露出は敏感だと思うけど、この漫画みたいに見せるのは平気なのか。そして紗季は『ワタアメのようなCOTTON!』の六巻を本棚から取って、後方のページを開けると男の主人公とさっきとは違う女子が、温泉の浴衣姿でまた偶然、布団に転んだシーンで、枕ではなく彼が寝たのは彼女の胸だった。私たちはしばらく見ると、さっきパンツのシーンに平気だった紗季はこのシーンも気にしないはずだが、なぜかなにも言わずに彼女はそれを閉じて本棚に戻した。

  図書館から、午後に私たちは市内のカフェに移動して、しばらくすわるとやっと私は彼女に、この前森で出会った浅井美月という女の子について聞いてみた。彼女のことを知っているのを紗季は驚いた様子で、道で彼女の自転車のチェーンが壊れて助けたから知り合ったと嘘の説明をした。そして紗季は浅井が同級生だと言った。




もう彼女と会わないと思ったが。

  

  その週、なぜか夕方になっても彼女は家に帰らなくて、連絡も取れなかったので紗季と友だち、そして私も彼女の行方を探していた。私は自転車でいろんなところに行ったが、彼女を見つけられなかった。外はだれもいない、いつもの静かな道だった。

  森で彼女と遭遇した夜、私は何回も撮った彼女の学生証の写真を見た。この町は人が多くないので、自転車を漕いでいたら彼女とまた会うだろうと期待したが、岩橋の学生の数人を見かけても彼女の姿は見なかった。私はその森に戻って、置かれた自転車を発見した場所から高い木々のある場所まで歩いて、彼女が寝ていたところに着くと土にはまだその野草の花があった。彩りきれいな花々を見て、彼女がここにいたのは夢じゃなかったのかと思った。


  うん?


  風?


  森ではないが、道端の木の葉っぱから空き地の草むらも風に揺れて、しばらくその音しか聞こえなかった。だんだん強くなっているせいか空色と違って、紫、ピンク?飛んでいるものがあったみたい。ちゃんと見ると……花びら?


  野草からか。


  それを見てこの前行った花があるところに、なぜか彼女はいるかもしれないと感じて、その方向に自転車に漕ぎ出した。でも彼女は放課後?学校から簡単に行けるはずじゃないか。


  多分、当たってるかな。


  風が強く吹いている中、私は立ち漕ぎして地海駅に着いた。少し町を離れたらあまり建物がなくて、私は橋の方に向かった。橋を渡っている間、車はほとんど見なくて、走りながら眩しい川をしばらく眺めると、気づいたらもう自分の前には緑しか見えなくなった。

  聳えた山にかこまれたその道は、進むと周りは木々ばかりになった。そこから私は鉄道沿いの道に入ると、だれもいないと思ったが、遠くに珍しく駐輪された自転車と女の子の姿が見えた。まるで馴染みがあるように彼女に私は叫んだ。「美月さん!」

  野草に跪いた彼女はこっちに振り向くと、私は彼女の近くに自転車を止めた。少し私を見ると彼女は言った。「彰くん!」

  「うん。大丈夫?」

  「え、大丈夫でしょ。なぜここに?」

  制服姿の彼女は森でのあの日と違わないけど、左腕にはギプスをしていて、あとは顔と足にもガーゼが目立つほど貼られていた。近くのガードレールのない線路をしばらく見ると私は言った。「君を探してたんだけど、ここでなにしてるの?」

  「あ、花を拾ってるよ」

  「花?」

  「見てこれ」

  彼女はギプスの左腕で持った学校用のノートを開くと、そのなかにいろんな野草の花が見えた。「ドライフラワー?作るの?」

  「うん!そろそろ夏が終わるから、もういろんな花が見れないと思うと残念だね……でもまた君と会えてすごいね!彰くんも花が好き?」

  「え?そうかな、でもおかあ……」

  「ねえ、これあげるよ」

  なにか言う前に彼女はノートを捲るとほかのページにある花を渡した。少し白と紫のあるピンク色の花だった。「これは?」

  「カタバミだよ。きれいね」

  「ありがとう……実はお母さんが君を探しているんだ」

  「え、私?」

  「うん。携帯を見た?」

  彼女はリュックに入れっぱなしにしていたみたいで、自転車まで取りに行くと慌てて言った。「本当だ!だから彰くんはここに来た?」

  私はうなずいた。「中川紗季、友だちでしょ、あとはほかの人も君を探してるんだ。早く電話した方がいいね」

  「わかった。ごめんなさい」


  彼女は怪我にもかかわらずにここまで自転車を漕いで来たのか。この怪我は、階段から落ちたのが原因だそうで、持病で体調不良なだけではなく、精神的にもぎりぎりみたいで、学校の『いじめ』も関係があると紗季は前に言った。その日紗季と図書館で漫画を読んでからカフェに行って、そこで浅井美月の話をすると、紗季は心配になってきたと美月に電話をした。だけどしゃべりながら突然、彼女は携帯を私に渡してきてびっくりしたが。

  線路沿いの道で美月が電話しているとき、私はもらった花を見ていた。謝る言葉がまた聞こえて、そのあと電話を切った彼女に私は言った。「よかったね。まだここにいたい?」

  「いえ、もう帰ってもいいよ。彰くんは?」

  「私も」



  私は自転車に戻りながら、気づくと彼女はいなかった。さっき彼女は私になにか言いたげだったのは気のせいか、叫ぼうとしたとき、遠くから電車の騒音が聞こえた。引き返すと結局その辺の藪に彼女がいて、私を見ずに電車が来ている線路の方へ歩いた。驚いた私は声を出すより前に疾走して、彼女の手首をつかんだ。

  走行音のせいか最初私は彼女の言葉が聞き取れなかったが、電車が通り過ぎたあとには、明るい黄色の花があった。彼女はそこに行きたいという意味だったか。

  振り向くともう電車は遠くなったが、まだその手首をギュッと握っていた。私が怖かったからか……もしかして彼女の目を見たからか。


  「……彰くん」


  「ねえ、ハグしてもいい?」


  「え?」


  彼女の返答を待たずに私は手を軽く彼女の肩にまわして抱くと、びっくりしたのか彼女はただじっと立っていた。


  季節が終わると、もう彼女は戻らないんじゃないか。


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