33 鏡には女の私 (イ付)

(美月の視点で)



夏休みの終わり近くに、しんかわで恒例の花火大会が行われていた。一年って早いと言えるんだね。

  肌襦袢から着ている浴衣に腰紐、あとは胸紐をしてその上に帯を結んで、雨縞のある紺色の浴衣それは、鏡で見るともう大丈夫だと思った。そして簡単に結った髪型をしたあと部屋のノックする音が聞こえて、お母さんだった。「……できる?」

  「はい」

  お母さんは聞くと、近くに見にきて彼女は長くえーと言った。「今回はちゃんと着れてるね、みーちゃん!」

  「これくらいはできるよ。だって私はもう子どもじゃないの」

  十六歳って、まだ子どもかな。

  「みーちゃんがきれいに見えないならお母さんは困るのよ。お父さんもそろそろできているから、下に降りてきてね」

  お兄ちゃんは友だちと一緒で別行動なので、リビングに集合して出かけたのは祖父母、両親と私の五人だった。

  しんかわが一駅くらい離れて、お父さんは近くの駐車場に着くと、そこから私たちは海岸の前まで歩いた。普段こんな時間は暗かったが、今そこで派手な色の暖簾が明るくならんでいた。多くの屋台をまわったときにはもう人が多くて賑やかで、やっと川沿いの階段に空いているところを見つけると私たちは一緒にすわった。花火を打ち上げる場所が対岸でちょっと遠くにあった。

  私の誘いか、普段益田での花火大会に行ったそうだが、その日成白高校の友だちもここに来ていた。もう着くとメッセージをもらったあとリンゴ飴の店で彼女に会いに行って、私を両親に紹介すると彼女は言った。「みったんはきれいね。さすがの女優さんだ」

  「え、まだなにもしてないの、愛ちゃん」

  そして彼女のお母さんは言った。「いつも愛理から美月ちゃんのことを聞いていて、おばさんも応援しているよ」

  恥ずかしい……

  毎年出店するおいしい唐揚げの店をおすすめしたあと、別れるとき二人の中学校時代の友だちにも会って、しばらくしゃべると携帯の通知に気づき、私は通行止めの橋に歩いた。

  多分この橋から夜景を見られるのでちょっと混んでいて、人の流れを避けながら、遠くの手すりに彰くんは川に向いて立っていた。振り向いて私を見ると彼は微笑んだ。「こんばんは、美月」

  「こんばんは!でも、一人で?」

  「おばあちゃんといるんだけど」

  「そっか。今年は浴衣じゃないの?」

  「なんでみんなそう聞くか」

  「みんな?」

  「え、うん」

  彼は頭を振った。去年まで彰くんは浴衣を着たけど、今彼はジーンズとシャツの姿で、多分浴衣じゃないのは私が彼のことをかわいいと言ったせいかな。

  中二の夏に初めてここで彰くんと一緒に歩いて、去年もそうして花火大会で会うのが私たちの習慣となった。八時くらいの何千発の華やかな花火を待っている間に、私たちは橋から川沿い道に戻った。ここには店が多いわけではないが賑やかだった。ゆっくりとまわって射的の店で的を狙っている人から、近くの店で金魚をすくっている子どもたちを見ながら、二年前のことを覚えているかと私は聞いた。「彰くんは金魚すくいって誤解したの」

  「うーん」

  「『救いではないでしょ』とずっと言って、取るの掬いと助けるの救いと勘違いして、なんか面白かったね」

  「もういいよ」

  彰くんのうるさがった顔に私は微笑んだ。「ただかわいいの……あ、そう言えば、私が有名になるなんて、彰くんはずっと前から言ったでしょ」

  「なんで」

  「当たってるかな」

  「それは自分次第でしょ」

  「うん、まだわからないね。話したのってさ、事務所がイメージモデルのオーディションを受けさせたいけど。そうできたらいっぱい東京に通うと大変だね」

  「……多分そろそろ引っ越すじゃない?」

  「え?私はそんなに売れる?」

  そして女子の声が聞こえた。

  

  「美月ちゃん!あ、彰くん!」

  

  振り向くと私たちの方へ歩いてきたのは紗季ちゃんだった。かわいいピンク色の花柄の白い浴衣姿の彼女は、彰くんと私とここの店のことをしゃべってから、今年彼女の家も出店したと聞いた。「あの焼き……ソーセージのお店?やっぱり紗季ちゃんの会社のだよね。でもなぜその店にしたの?」

  紗季は答えた。「出店料が安いし、いい機会ね。ソーセージと焼肉に漬物をセットにして、漬物の冷凍のパックも売ってるんだ……店で肉を焼いていたのはマネージャーの和田さんと息子ね」

  「そっか。すごい!」

  ゲームの話で紗季ちゃんと彰くんは『ニビキ』のことをしゃべると、友だちのところに戻る前に紗季ちゃんは笑顔で言った。「美月ちゃん、彰くんと一緒にいるでしょ。任せるね」


  ……うん?


  遠くから三、四人の紗季ちゃんの友だちが、彰くんへみたいにこちらに手を振った。いろんな色の綿飴と隣の焼きそばの作り方を見てから、一緒に河口の方に歩くと私は言った。「かわいい女の子たちね……私がいない間に彰くんは人気者になったかな」

  「友だちだよ」

  「本当?」

  「うん、美月の方が人気でしょ」

  「ぜーんぜん。だれか私に告白したら私は君にビュッフェを奢るよ……でもね、女優になる、芸能界に入るって君は本当にいいと思うの」

  「いいでしょ、成功したら普通の仕事より収入は何十倍か……美月はあまり力がないと言ってたけど、一発で試したいなら芸能界じゃない?」

  「でもまだ曖昧ね……」

  「失敗なんてしないよ」

  「え?」

  彼は私に微笑んだ。「まあ、感じるだけね……でもさ、その道に踏み出したらすごい勇気が必要だろう、ただここにいるより。どうなっても、美月の心のなかにまだその勇気を抱いているなら、損だと言えないよ」

  「そうなの」

  彼はうなずいた。「今まで人は旅のなかで、躊躇するような無駄がないし、先の道へ進むしかできないって……父はたまに私に言ったね。美月の不安もわかるけど、自分で将来をつかみたいと思ったら今はそんなときじゃないかな」

  「わかった」

  

  そしてビールを飲んでいるお父さんとおじいちゃんのおつまみを買うことを思い出し、私は彰くんと別れた。

  八時十分で予定通りに川の対岸から花火の打ち上げがはじまった。カラフルな花火から周りの人を見ると、ある家族の小さな子どもがお菓子を食べながら明るくなった夜空を指差して、両親と楽しくしゃべっていた。

  この大勢のどこかに彰くんはいるはずだが、薄暗さで彼の姿は見えなかった。空中の花火の明かりを見て、少し心細く感じるのは私だけかな。





―――――――――――――――――――

第四章『スカウト』、そして『島根編』の終わり。


次の章、美月が芸能界を歩み始めます!



浴衣を着ている美月のイラスト

https://kakuyomu.jp/users/kamakurayuuki/news/16817330650639544344

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