66 ボブ先生 (イ付)



東京にいる間、私は美月とほぼ毎日あそびに行って、島根に帰っても私たちはよく連絡を取り合っていた。

  四月のある夜、電話したとき、次回東京に行く日は昭和の日から二週間後の五月中旬の方がいいと美月は言った。「空いてないんだ、ごめんね」

  「そっか、三連休なのにね」私は言った。

  「残念ね。でも五月のその週、木曜日彰くん来れる?」

  「なんで?」

  「お母さんが友だちと和歌山に旅行に行く予定で土曜日に帰るんだ。その日君は私の家に泊まるのはどうかな」

  「いいの?」

  「いいでしょ。お鍋を一緒に作って食べられるし、遅くまでいても問題ないよ」

  「どうかな……サボるって母はあまり気にしないけどさ、美月に会うためってちょっと変じゃない」

  「そろそろ撮影で忙しくなるって言ったら?」

  「うそ?」

  「本当よ、五月中旬からちょっと埋まってるんだ。あと彰くんのお母さんは結構私たちのことを察しってると言ったじゃない」

  「……だからもっと恥ずかしいよ」


  新しい学年がはじまると、もうこの学校生活にも慣れて私の日々は変わらないが、その年又渡市とイギリスのグロスターの姉妹都市提携で、二人のイギリス人の英語先生が又渡東こうとひがし高校に来て学生たちの話題になっていた。私たち三年生を担当するのはボブ先生だ。

  彼の本名はロバート・オークスと言う。黒人の彼は、細身で背が百九十センチ以上あり、廊下を歩くととても目立った。日本語がそこそこ話せて、授業中日本人の先生もいたが、気づいたらほかの同級生の通訳をするのは私の役となった。

  そうなったきっかけは四月、学校の初日にボブ先生は私たちに英語で自己紹介させた。それはただマイ・ネーム・イズなんとかと所属する部を言うだけだったが、なぜか私もそう自己紹介すると彼はすぐにほかの質問をして、デンマーク出身だとわかると彼は嬉しそうだった。「オー!だからキミのエイゴはジョウズですね、スバらしい!」

  なんだか恥ずかしかった。

  学校に英語を話せる人があまりいないので、そろそろイギリス人の先生たちの生活を助けるのはほかの英語先生と私の役になった。多分面倒をかけたくないので、納豆の食べ方とほかの食品のこと以外ボブ先生はなにも聞いていなくて、でも学校で会ったら私たちはよくしゃべったけど。

  

  学年がはじまって二週間、放課後に空いていたボブ先生はいろんな部活を見たいと言ったので、私は彼と一緒に学校をまわって紹介した。校舎内の文科系の部から体育館に来るといろんな運動部があって、その中でボブ先生は柔道部の練習に興味がありそうだった。「すごいキビしいね」

  私はうなずいた。「日本の部活でスポーツをやってたら、多分勉強より忙しくなりますね、大会のこととか。あと専念するため坊主にした男子は多いです」

  「あー、そうね!」

  「あそこの彼は私の友だちです。実はだれにも勝ったことがないので、厳しいのは多分格好だけですね」

  そう話をすると、なぜかその河合がほかの部員のなかから急に私の方に振り向いた。「おい、お前!悪口言ってる?英語だけどなんか変な言葉が聞こえたぞ!」

  「気のせいだ!」

  その日、体育館で剣道部の練習があるので私たちはしばらく見学した。そのあと私がテニス部に所属するとわかると、ちょっと参加してもいいかと聞かれて私は答えた。「今三つのコートは使われてますが、少しなら大丈夫だと思います」

  そういうわけで、テニスコートでほかの三年生の部員と話して顧問先生にも許可を取ると、ボブ先生は革靴を脱いでちょっとウォームアップしてから私の同級生の水谷とテニスをしはじめた。私たちのなかで彼はうまい方だ。男子のコートを使っていると、ほかの部員の数人も練習をやめてこの試合を見に来た。

  しばらくボブ先生が強いグラウンドストロークで返すと水谷の強敵だとみんなにわかり、二年生の服部は言った。「先生すごいですね!サーブがめっちゃ美しいです」

  私は彼に向いてうなずいた。「大学のときよくしてたから……と言ったね」

  二ゲーム目が終わるとみんなは拍手してくれた。ボブ先生にテニス部の顧問になってほしい学生がいると私が通訳すると、彼は日本語で答えた。「いえ、ボクはエイゴブのコモンです。アいてたらあそびにクるね!」


  その年、私はテニス部に所属していたが、バイトと受験のことであまり部活には参加しなかった。でも今日は時間があるので、ボブ先生と別れると男子用コートで後輩の練習につきあって、終わると一緒にボールなどを片付け、部室まで運んでいった。そして私は制服に着替た。今日はもうこれでなにもない。

  ラケットバッグを背負って、自転車まで歩きながらまっすぐ家に帰るかと考えていると、後ろからだれかが私を呼んだ。「先輩!」

  振り向くと、テニス部の二年生の野村だった。よく三つ編みだったが、その時は下ろした髪で顔がよく見えなかった。「なに?まだ着替えてないの」

  まだジャージ姿の彼女は、笑顔で答えた。「さっき写真部の友だちの撮影が終わったので見に行くんです。明日先輩は部活出ますか」

  「明日はバイトだね。でも土曜日は来るよ、実は火曜日はいつも空いてるよ」

  「大変ですね、先輩」

  「練習も大変じゃない?じゃあ、頑張ってね。明日ちょっと部活に来るけど、またそのときね」

  「は、はい!」

  野村は少し頭を下げると部室の方に走り出した。彼女はシャイに見えるが実はフレンドリーで、先輩ともよく話していて、去年の合宿で彼女は遅くまで私たちと怪談を語った。彼女から聞いたのは二人の親友は写真部にいるけど、自分は運動系の部に挑戦してみたいとテニス部をえらんだそうだ。

  去年も、彼女は入部したばかりのときに私は聞いた。「ただ運動なら、グラウンドで自分でジョギングしてもいいじゃない?」

  「無理なんです。私はちょっと格好よくなりたいって。テニスの動き方は美しいと思うし」

  「そう?」

  その動き方は、部活のときの彼女は問題がないと思うけど、なぜ今は物にぶつかりそうになりながら走っているのか……。心配して野村が見えなくなるまで見送った。そして私は、駐輪場で自転車を取って押しながら歩いていると携帯に着信があって、見ると紗季だった。


  彼女は職員室に文化雑誌を取りに行くのを忘れたらしく、私が代わりに取りに行き、自転車で三キロくらい離れた学校と家の間にある駐車場で待ち合わせた。そこは二十台くらい駐車できるが、いつも三、四台くらいしかない。近くの自販機の前に制服姿の紗季が自転車を止めて待っていた。

  もう工場に行ったか私が聞くと、紗季は答えた。「うん、さっきね……あっ、ありがとう」

  宿題のレファレンスのための文化雑誌を彼女に渡すと私は言った。「栗原さんは大丈夫?」

  「うん、まだおじいちゃんは彼と病院にいるけどね、苦しい感じって多分彼の心臓病で……明日彰くん、彼のところで働ける?」

  「いいよ」

  「えっと、ちょっと待ってね」

  そう言うと彼女は自販機にお金を入れて、えらんだジュースが落ちると私に渡した。「これ、アジュールレモン?」

  「うん、最近発売した。飲む?」

  「飲むよ。紗季は?」

  「うーん、同じのにしようかな」

  最初はここからすぐに家に帰るつもりだったが、結局私たちは一緒に立ってジュースを飲んでいた。この駐車場は山の地域にあって、自販機を背に道側を向くと海が広がっていて、高校生になってから紗季と私は一緒に帰宅するとき、よく立ち寄る休憩場所だった。

  夕日に輝く海を眺めながら、紗季は美月のことを聞いたので、最近新しいドラマ『小さな宴』の撮影がはじまったことを伝えた。ストーリーは主人公の男女の高校生六人は一話ずつ勝負弁当を学校に持ってきて、一緒に食べながらいろいろとしゃべる食事ドラマだった。

  紗季が言った。「あれ、みんなアイドルだよね」

  「そうそう、深夜のだからね。えっと、あの雑誌モデルもいるよ、名前なんだっけ、藤間穂花?」

  「あー、『伯爵のランチ』に出てる人でしょ。最近売れてるね」

  藤間ふじま穂花ほのかはよく同級生が読んでいる雑誌『bestie』の専属モデルで、あの唇にほくろのある、背が高いモデルがいるのと同誌だった。

  

  もう少し妙な青色のアジュールレモンを飲むと私は思い出した。「そういえば、まだ言ってないでしょ。美月はちはると会ったんだ」

  「どういうこと?」

  「知り合ったって」

  「仕事で?」

  「たまたま」

  ちはるは当時二十歳くらいで、とても有名な女優だった。私は続けた。

  「あの日、美月は友だちとIMERIのイベントに行ったね。すわってるとスタッフが彼女のことに気づいてステージに誘われて。ちはるはその日のゲストでしょ、だからね」

  「え、本当?それいつ?」

  「前週」

  そして携帯で私はそのイベントの動画を探して、再生して見せると紗季は言った。「ちはる、真壁さんもいたんだ!トークイベントね。そのあとどうなった?」

  「なんか一緒に出かけた?そんな感じ」

  「え、すごい!ちはるは美月のことが大女優だと認めたんじゃない?」





―――――――――――――――――

キャラクターが多いので、少し説明します(。-人-。)


「ボブ先生」

あまり登場しないが後半部に役割があり。見た目で一般的な外国人ですが、色々深く考える人です。(なぜ黒人というとボブという名前なんでしょうか)


「野村」

テニス部所属、二年生の女子。もう登場しませんが、またメンションがあります。変な態度はもしかして彰にドキドキしている……?


「藤間穂花」

徐々に登場する読者モデル、重要なキャラクター。


「唇にホクロのある、背が高いモデル」=「大八木優奈」

同誌の読者モデル、藤間の親友で、重要なキャラクターのもう一人。

(初登場 第13話『背が高い女の子にドキドキ』)


「ちはる」

第5章の終わりから登場して、今から徐々に活躍し彰の代わりに主役になる……!?!?


次の話で彰は紗季にIMERIというコスメイベントで、美月とちはるの出会いについて語ります。そして美月視点のストーリーになります。


テニスをしているボブ先生のイラスト

https://kakuyomu.jp/users/kamakurayuuki/news/16817330653350446813

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