45 宇都宮さんの家に行く (イ付)



早く美月の方は終わると期待したが、しばらくしてもまだ連絡が来なくて、四時くらいに宇都宮さんはもう私が帰って美月を待った方がいいんじゃないかと聞いた。「はい、そうですね」

  このカフェは宇都宮さんの家からちょっと遠くて、彼女の会社も違うところだし、なぜここで会うのか今まで私は聞いたことがなかった。前みたいに私たちは一緒に混んでいる電車に乗ると、恥ずかしかったからか二十分くらい彼女とドアのそばに立っていてもっと長いと感じた。

  そして高田馬場駅のアナウンスを聞くと、近くにいた宇都宮さんは急に言った。「ねえ、彰」

  「はい?」

  「……私の頭、さわってもいい?」

  「え?」

  宇都宮さんはその日ズボンと重ね着した服装で、あとは髪の毛を下ろしていた。彼女は私に囁いた。「だめ?」

  「い、いえ、どういうことですか」

  「君の手で」

  列車のなかで私は彼女と見合うと、少しずつ手をあげて本当に彼女の頭をさわった。彼女の髪の毛は思った通りにとてもやわらかかった。「こうですか」

  「うん、ありがとう……」

  手で彼女の頭を撫でながら、この列車でだれか見かけたはずだったが、振り向いたらただみんな携帯か自分の前の空間に夢中していた。手を引くと、私が言った。「……楓さんは、大丈夫ですか」

  「うん?そうでしょ」

  もう私のホテルのある駅に着いたが、まだ降りない私は乗ってきた客を退くと、宇都宮さんと見合って言った。「次の駅、一緒に降りますか」

  「どうして?」

  「えっと、もし話したいことがあったら……」

  「ないよ」


  たまにまたそのことを聞くと、宇都宮さんは私が降りて電車を乗り換えて帰ると促したが、私が断って、気づいたら私たちは浮間舟渡駅、宇都宮さんのマンションがある場所に着いた。

  一緒に電車を降りてプラットホームに立つと、彼女が腕時計を見てどうしようかと聞くと、私は答えた。「本当に大丈夫ですか、もうずっと前から楓さんは心配してることがありそうって感じましたが」

  宇都宮さんはうなずいた。「そうなの。彼女は?まだ連絡してこない?」

  「いいえ」

  「ちょっとすわったらこの辺店があるけどね。彼女のことは本当に大丈夫?」

  「はい、ちょっと遅くても問題ないです」

  駅前に少しレストランがあって、入るかと宇都宮さんは聞いたが、結局私たちはただ通って、しゃべりながら歩くと十分くらいで宇都宮さんのマンションに着いた。

  四階建てのビルで、結構きれいで、エレベーターに乗って三階にある彼女の部屋に入った。玄関にいるとき宇都宮さんが言った。「このマンションってさ、この前タレントの保科真吾さんもいたさ、数回見かけたの。でもだんだん売れてきてから引っ越したみたいね」

  「本当ですか」

  「うん、私は大学生のときからずっとここにいたけれど。ちょっと狭くてごめんね」

  彼女の部屋はキッチンとリビングがちゃんと分けられていてそんなに狭くはないと思うけど、道具とほかの飾りで小ぎれいで女子っぽく感じた。私は食卓としても使う小さな丸いテーブルにすわって、宇都宮さんがお茶を淹れるのを待っていた。ベッドの近くにある本棚には思った通りに本が多く、だけどその上には意外と数体のフィギュアがあった。六体のなかの二体は前に私が読んでいたああいう同人誌を使った原作アニメのキャラのフィギュアだった。しばらく躊躇してやっとフィギュアがある本棚に歩いて見ると、宇都宮さんは興味があるかと私に聞いた。「あ、はい。このアニメは結構楽しかったですね」

  そう答えると、キッチンにいる彼女はケトルから振り向いて言った。「そうね、まだ全部見ていないけど……買ったのはさ、あの『氷河』のアニメのフィギュアって、二年前このアニメで働いていたの。半額で買えるオファーがあって、彼氏が好きかなと思って買ったんだ。でも彼は私の家に置いた方がいいと言ったから」

  主役の女子と同人誌にある先輩のキャラのフィギュアがここにあるって偶然かな。宇都宮さんに背を向けて見られないうちに、あの主役女子のフィギュアを横にしてセーラー服のスカートの下を見ると、白いのはやっとわかった。そしてその先輩のフィギュアに、プレーンなヘアバンドを被って冷静な目つきの彼女も見たら白いのだ、やっぱり。 だけど、アニメを見たとき先輩キャラのスクールブラウスの下がちょっと空いていたと思って、覗くと本当に空いていて、彼女のブラは白いけどピンク色の飾りがあってかわいくて、隙間まで詳しく作ったフィギュアだった。そして宇都宮さんは私を呼んだ。「はい!」

  「気に入ったら持って帰る?」

  えー!「でもこのフィギュアは何万円じゃないですか。もらえないですよ!」

  なによりも、スヴェンと今まで結構いろんなフィギュアを見たから、一番早くフィギュアの質、それで値段がわかる術はパンツの作りを見ることだった。宇都宮さんは答えた。「いいよ、ほしい人にあげた方がいいね……お茶できたよ」

  丸いテーブルに戻ると、お茶を飲みながらほかの話のなかに宇都宮さんは入社したばかりのころを語った。大学のときに彼女は優秀な学生だったから、その言葉を使わなかったが、オーケストラに入団するのを目指した。望んでいるのは先輩が所属している『西東京フィルハーモニー交響楽団』だが、事情が上手く行かなくて今の会社の仕事となった。そして彼女のバイオリンを買うときの話を聞くと、えらび方は細かくて島根のそとには知らないことが多いと感じて、だけどそのとき、私はまた大丈夫かとまた聞いた。「いいですけど、もし楓さんは言いたいことがあったら」

  彼女は少し考えた。「……彰がかわいいの」

  「え?」

  「言いたいことなら、これくらいかな」

  「でも、違うことだと思うけど……」

  「いいよ、私は大丈夫だから。彰と出会って、私が本当に嬉しいね」

  私はお茶のコップを置くと言った。「……なんでですか」

  「え、彰といろいろ話せて、楽しかったね」

  「私もそうですけど。でも楓さんは多分友だちが多くて、私のことは別にいいですね」

  「友だちなんていないよ」


  見合うと、彼女は言い続けた。


  「なんかね、子ども頃、学生のときって、大人になることを想像すると、ちょっと意味がありそうで……実はあまりなにも変わらなかったの。ずっと社会人になることを期待していても、そのままで、つまらない私だ。今はなにを期待したらいいかもうわからない……彰はそれをわかるかな?」

  「え、はい」

  彼女は微笑んだ。「わからないでしょ。彰は私より元気そうだから。多分私は失敗した人生だから、心には欠陥があるって感じるね」

  「欠陥……?」

  「うん、毎朝自分はなんのために起きるか、そとの世界に向くって自分はなにとわからないって感じね。人ってそんなもんじゃないと思うし、どこかに、朝コーヒーを飲んで、美しい空に感謝するだれかがいると想像してるの……彰は感じたことないかもね。私が、そとを歩いたら、私より、ただ四肢があるわからないものみたいの。人より、人を真似てるものと感じるのはさ」


  彼女は少し考えた。


  「……傷があれば、多分血が見えるけど、それはもっとつらいことかもしれないね。私のことは全然明るくないのに、なぜ血がこんなに明るい赤色なのか。相当じゃないと思うけど……あ、ごめんね、くだらない話って。なんか彰としゃべるとさ、私はそんな欠陥があっても、一瞬忘れたみたいの」

  「私と?」

  「うん。今日もとても楽しかったね。こんなにだれかが一緒にぶらぶらしてくれたのは久しぶりの。えっと、実は聞きたかったけどさ、彰は学校で靴のロッカーを開けると、手紙とかがあった?」

  「はい?」

  「あ、手紙じゃなくて、恋文だ」

  「ないですよ!」

  「そう?」

  なんか宇都宮さんの顔が冗談っぽいけど。私は答えた。「えっと、学校の靴のロッカーが空いていて、変な手紙とかを置いたらほかの人に取られちゃうだから、だれもそんなことをしないです」

  「そう?ならデスクに置いたのあった?」

  「いいえ」

  彼女はお茶をすすると言った。「意外だけどね……でも友だちが多い?」

  「え、多いって」

  「一人以上?」

  「……はい」

  「よかった……何月か、二月?彰と初めて会ったときってさ、晴れた日ね。松島さん、彰のおじいさん?彼の孫が外国にいる人がいるそうで、彰もまだ外国に住んでいて、日本にあそびに来たと思ったの」

  「外国にいたのはちょっと前のことで」

  「バイオリンの生徒にならなかったのは残念ね……ね、彼女はまだ?」

  また携帯を見ると、気づいたら美月のメッセージがあった。「連絡が来ました」

  「あー、ごめん。もう早く帰った方がいいね」


  もう三十分くらい宇都宮さんといると、帰るときに本当に彼女は『氷河』の二体のフィギュアをくれた。まだ彼女は持っていた箱に入れると、私は彼女にありがとうと言った。「邪魔してしまった上にものももらって、本当に悪いですね」

  「いいよ、あげるって言ったの」

  駅まで見送ると言われて、だけど玄関で靴を履くと、気づいたら宇都宮さんが私の手首を少しさわった。


  え、


  振り向くと、近くに立っていた宇都宮さんは言った。「彰」

  「は、はい」

  「また私と連絡してくれる?」

  「はい」

  「でも嫌じゃないの、私のこと……こんなに家までって」

  「全然です」

  「……嫌いと言ったらいいよ。私は気にしないから」

  彼女は少し目を逸らした。私は言った。「なんで楓さんは私が嫌だと思いますか」

  「わからない。でも彼女と、私のことを笑うんじゃないの?」

  「言わないですよ」

  彼女はうなずいた。「優しいね。ねえ、もう一度、私の頭をポンポンしてもいい?」

  「はい?」

  「電車のときみたいに」

  「……なんでですか」

  「いい感じだから」


  手を伸ばして彼女の頭にさわると、宇都宮さんは言った。


  「彰」

  「はい」

  「……ハグしてもいい?」

  「え」

  「彰のハグが、温かいかなと思うの」


  少し見合うと、私たちはハグした。宇都宮さんの柔らかいセーターを感じ、彼女の香水の薄い香りを嗅いだ。期待していなかったが、今まで会話したときと違った。彼女と近くにいた瞬間が嬉しくなるより、美しい、優秀な彼女はこんな私といて、妙に私が重く感じた……その欠陥って、多分私の心にもあるんじゃないかと思ってきた。






――――――――――――――――――

ノート


次の話は、美月からの視点になります!


宇都宮のイラスト、彼女の精神(かもしれません)

https://kakuyomu.jp/users/kamakurayuuki/news/16817330651540652559

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