68 夜メイク (イ付)

(美月の視点で)



私の隣にすわっているのは本当にちはるさんなのか。


  日本橋にある三越本店のコスメカウンターで、Evelyn Hillという店のメイクアップアーティストさんは私にチークを入れながら、ちはるさんは足を組んでカタログをめくった。この高級デパートは友だちと一度来たことがあるが、おしゃれな客が着こなしそうな服やコスメを取り扱う。気のせいか店員さんたちは、私が四十代の仕事に優秀な女性みたいに待遇するので、来たときにただそとからヨーロッパ風の厳かなビルを見るだけで恐れを感じていた。

  こんなきれいなところ、ちはるさんは平気そうね。

  そのカタログはスプリングコレクションの化粧品リストが載っていた。ちはるさんはしばらく見ると言った。「一ノ瀬さん、このコンシーラーはどうですか」

  メイクアップアーティストはチラッとカタログに目をやると答えた。「いいよ、気になりますか」

  「私は最近サンローランのファンデーションを使っていて、ほかのと合うかなと考えていて。あ、液体のですね」

  「問題ないね、サンローランの、いいと思います。昨日ね、RMKのファンデーションを使う方がこのコンシーラーを使ってみたらよかったですよ……軽くて、しっかり隠すのは向かないかもしれないけど、ちはるさんは肌がきれいだから大丈夫ですね」

  「そんなに褒めて、一ノ瀬さんは売るために言ってますか?」

  「いいえ、別に収入には関係ないですから。そういえばイプサのコンシーラーはどう?のえさんが使ってるそうですね、お客様からも問題を聞かないですけど」

  のえは有名な二十代の女優だ。「彼女もずっと使ってますか?」

  「この前イベントで彼女はそう言ってましたね……ただいろいろ使ってみてほしいです。それは本当に経験となりますから」

  「そうですね」


  メイクアップアーティストの一ノ瀬さんは三十代くらいで、お洒落な髭と帽子姿でプロの雰囲気が伝わった。

  このコスメカウンターはほかのブランドとならんで、女優のちはるだと気づかれたかもしれない。隣のブランドの若い女性の店員が必要以上にこっちの店を整えに来た。ほかの客があまりいなくて静かだが、見られたら恥ずかしいと思って、このカウンターがちょっと奥にあるのは都合がよかった。

  そして一ノ瀬さんは左右に私の顔を見ると椅子をまわして鏡に向かせた。「どうですか。夜のメイクですけど、軽く、乙女チックな感じにしましたね」

  私はなんと答えようかと考えていると、ちはるさんはうわーと言った。「きれいじゃない?美月ちゃん!」

  「そうですか?」

  「うん、理想ねこんな顔。絶対今夜モテるよ」

  え?

  そして一ノ瀬さんは言った。「でもちはるさんもメイクうまいじゃないですか。自分でしないのはちょっと驚きました」

  「いや、最近忙しくて、韓国風メイクしかしなかったんです。彼女にメイクをしたら自分と同じになるかなと心配してました。今日緊急ですけど、一ノ瀬さんが空いててよかったです。普段いらっしゃることないですよね」

  「今日は久しぶりに店にいますね、普段は安藤さんに任せています。明日僕はアイドルのファッション撮影の現場です」

  「どのアイドルですか」

  「あ、桜田STです」

  「あー」

  「最近とても人気ですよね。数人ですけど、とても有名なメンバーもいて。鈴木茜さんって知ってますか」

  「はい、はい、エースですよね。知り合いに好きな人が多いですよ」

  一ノ瀬さんは笑った。「本人はどのくらいきれいかあとで伝えますね」


  メイクしてもらったのはいくらだったか確かじゃなくて、ちはるさんに聞くともう彼女が払ってくれたとわかった。

  そのあと私はちはるさんの車に乗りながら、一ノ瀬さんと二年前ファッションの撮影で知り合って、彼の正直なおすすめが気に入ったので常連になったと聞いた。「彼は忙しいね。去年からどこか旅行したいと言っても、まだ働いてるんだ」

  「長い休みとか、ないの?」

  「取れるけどさ、仕事は不定期でしょ。もうちょっと働こうと思って、気づいたら休めないみたい……芸能界の仕事と一緒ね、そういえば」

  もう時刻は五時だった、赤信号で止まると私は車のミラーを見ながら聞いた。「メイクが濃すぎない?」

  「ううん、今はまだ明るいからね。暗くなって、部屋のライトくらいならちょうどいいよ。美月ちゃんはこんなメイクをしたことない?」

  「ないけど」

  「でも普段は?どんなメイク?」

  「あまり……ファンデーションのパフとか」


  ちはるさんはうなずくまでに妙に間があったが。


  彼女のマンションに着くと、三十九階の部屋にあるバスルームの鏡でまた私は自分の顔を確認した。

  きれいだ。

  大人っぽい、私じゃないみたい。

  彰くんに送るため写真を撮ってみようか……でも本当に濃すぎないか?そう携帯をいじっていると、そとからちはるさんが着替えないかと聞いた。「早めに行ったほうがいいね」

  「はい」

  私はソファに置かれたドレスの袋を取って、これは前にちはるさんと一緒に買いに行ったものだ。そしてバスルームに戻って着替えるつもりだったが、振り向くとリビングでちはるさんはもうTシャツを脱いで、ズボンを下ろす前近くにかけた自分のドレスを取った。

  チラッと見ると、ちはるさんの身体は美しく、ジム通いのおかげか下着姿でも贅肉が見えなくて、胸の形もきれい。前に雑誌で彼女のグラビアを見たことがあったが、今も変わらないのだ。


  Cカップ?うそ、もっと大きいじゃない?


  私がこれくらいになれば、グラビアの仕事をなんでも取れるんじゃないかな。今のサイズで撮ったらどのアングルで色気を出せるかと写真家に迷惑をかけそうだし、あとはいつか水着姿で海であそんだら、男女とも私の胸を全然チラッと見なくて、顔をすぐに見たら恥ずかしくないか。

  私の視線に気づいたちはるさんは聞いた。「なに?急いでるでしょ」

  「あ、うん!」





――――――――――――――――――――

ちはると美月はどんなところに行くのでしょう?!


コスメカウンターの鏡を見ている美月とちはるのイラスト

https://kakuyomu.jp/users/kamakurayuuki/news/16817330653529135597

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