78 坂本綾(イラスト付)


「もう寝てる場合じゃない、大変だよ!ヤクザだ!」

  「……は?」



  彼女がまた寝ようとする前に私は手を引いて起こし説明した。「ドアにだれかいるよ!ヤクザかやばい人みたい、警察を呼んだ方がよくない?」

  ちはるさんはあくびすると言った。「いらないでしょ」

  彼女は私とお揃いのパジャマ姿だった。私が促し飾りの竹刀を持って玄関に向かいインターフォンと覗き穴を見ずにドアを開けると彼女は挨拶した。「あ!おはよう。なにかあるの、こんな朝に」

  金髪の女の人は答えた。「ちょっと瀬戸さんが……」

 「失礼します」

  その男はそう言うと私たちを通り過ぎて急いで部屋に入った。すると金髪の女が言った。「彼はさっきからお腹の調子がよくなくてごめんね、もうここが近かったからここでいいと言って……そんなにぼーっとした顔して?言ったでしょ今日シンセサイザーを取りに来るのはさ」

  ちはるは思い出したようにあーと言った。「本当ね!昨日忙しかったから完全に忘れてた、入って。川上さんは?」

  「車に」


  だからさっき炎のタトゥーのある瀬戸さんという男の表情が歪んだのは……不便なことが理由だったのか。


  彼女はちはるさんより年上に見えるけど、こんなしゃべり方は友だちなのか。そしてちはるさんは彼女が坂本綾だと紹介して、私が女優だと言うときに坂本さんは知らないそうで、さすがに誘拐された女子高生とその太もものドラマはだれでもの趣味じゃないと思った。

  瀬戸さんを待ちながら、ちはるさんと坂本さんはしゃべると二人で奥の部屋に向かった。ついていかなかった私はリビングにいたが、遠くからエレキギターみたいな音が聞こえた。

  ここに人がいるおかげかやっと私は水を取って飲む勇気が出た……ミネラルウォーター?このブランドは高いのじゃないか、変な味だけど……リビングにすわって待つと、十分後くらいに二人が戻って坂本さんが持っているのはさっき言っていたシンセサイザーのものか。

  銀色の小さな箱みたいなものにいろんなスイッチがあって、後でちはるさんから聞いたのはこれがエレキギター用の機械で演奏するときに普通の音よりいろいろ調整できるそうだ。これは坂本さん愛用のシンセサイザーで彼女が使わない間、ちはるさんが借りたそうだ。


  そのあと坂本さんは冷蔵庫の炭酸の缶を取って飲むと、そこでちはるさんとさっきのエレキギターのことから仕事の予定の話をしていた。瀬戸さんの不便は解消されて戻ったあと二人もう家を出ると私はちはるさんに言った。「あの坂本さんって、芸能人?どこかで見たみたい」

  「ミュージシャンだよ。知ってるかと思った」

  「あのロックミュージシャンの坂本綾!?」

  「そうそう、瀬戸さんはベーシストね。『あやぷん』?あー、彼女のあだ名じゃないけど、私だけ呼ぶね」

  さっきから綾じゃなくて、ちはるは彼女のことをよくあやぷんと呼んだから聞いた。

  「今は……八時?美月ちゃんなにか食べる?ごめんね、もしここに泊まると先に知ってたらおいしいものを準備するけど。デリバリーでなにが食べたい?」

  「ここにあるものでいいよ。インスタント麺とかは?」

  「あるけど、いいの?」

  私は大丈夫と言った。「ね、さっきなにしていたの。効果音みたいな音が聞こえたけど」

  「あ、それね、まだ見せてなかったっけ。一緒に見る?」

  私はちはるさんについていって、大きなマンションなのでそれは別のベッドルームだと思うけど、入るとベッドのかわりにエレクトーン、さっき聞こえたエレキギター、そして撮影用の照明機器のようなもの、多くのそんな技術的なものがならんでいて目の前ならアーケードのレーシングゲーム機も二機が置かれた。ものがちゃんと片付けられても本当に混んでいて、いじったら倒れるかとちょっと心配した。しばらく見ると私は言った。「これは……」

  「物置部屋だよ。この前言ったね私は撮影とかも学んでいるし、映画の音楽とサウンドを作るためにこの楽器をたまに使って……えっと、このゲーム機ね、とても安くなったから年明けに買っちゃったんだ」

  「なんのための?」

  「あそぶよ。家のなかにレーシングゲーム機を持つってだれもの夢でしょ」

  ……私にはそんな夢があったっけ?「でも高そうね」

  「二人プレーヤーのセットって新しいのなら数百万円だったんだ。これは百二十万円で手に入れたの」

  「え!?」

  「なんで。これは二年前発売してすごいよ、加速するときとか揺れがすごいリアル。『サモゴ』知ってる?葛西でこれ系のゲーセンが調子よくなかったから、私は現金で買ったからこの値段でできるよ……そうそう、ゲーセンなんて今は厳しいね、クレーンゲームとガチャのあるゲームはもっと儲かるからこんなゲームはだんだん減ってるの」

  百十万円って、本物の車を買えるじゃないか。「ちはるちゃんの友だちはよく来たからね、このゲームをやった?」

  「うん、なんかしゃべるばかりでつまらないからね。美月はやりたい?」

  「え?どうやって」

  「ただペダルを踏んだらいいよ」


  『夜響タイヤ4』というゲームは、近くで見るとちゃんとした変速ギアがあった。右手にあるプレーヤーのカード入口を聞くと、ちゃんとネットでメインサーバーと繋がっていて、カードを使ったらポイントも貯められるとちはるさんは説明した。

  ゲーセン風にしたいそうでまだコインを入れるのが必要だった。私は二百円をこのちはる神社に収め、やりはじめると席が本当に揺れてびっくりした。レインボーブリッジを渡るそのコースは、頑張って終わるまで走ると、画面にわからないポイントがいっぱい表示され私は楽しかったと言った。「ちはるちゃんはゲームが好きね」

  「まあ、そうね」彼女は笑った。

  「……え、それちはるちゃんが描いたの?」

  ちはるさんの後ろのデスクにストーリーボードみたいな紙があって、彼女は振り向くとそうだと言った。「前にちょっと短編映画を撮ったね、それで描いたんだ。うまい?ただ学生のとき漫画をよく描いたけど……ねえ、知ってる?聖ちゃんはもっと上手いよ」

  半田聖節さんか。「絵のこと?」

  「それもそうだし、彼女はたまにバカオタクに見えるけど、めっちゃ天才だ」

  「そうなの?」

  ちはるさんはうなずいた。「聖ちゃんが芸能界の仕事に専念してからあまりほかの人は知らないけどね。数年前から私は何かプロジェクトがあったらいつも彼女がストーリーや脚本を担当して、本当にそんな仕事の経験がないのにすごい上手いってさ。天才と言ったら彼女みたいな人じゃないかと思うの」

  その話からこの部屋にある楽器のことを聞くとちはるさんは答えた。

  「子どもの頃レッスンを受けたからね。この前作った背景音楽はこんなメロディーくらい」

  彼女はエレクトーンに電源を入れて立ちながら弾くと、明るいメロディーでここはどこかのお祭りみたいな雰囲気になった。「え、すごい!」

  「すごくないよ。あとこのエレキギターね、あやから借りて、エレクトーンでできない効果音ができる、とくにシンセサイザーがあったら本当になんでも作れる……せっかく美月ちゃんがここに来たから、ちょっとこれ聞く?」

  「なに?」

  ちはるさんは微笑むとエレクトーンの椅子にすわって弾きはじめた。クラッシックの曲で生き生きとしたメロディーには馴染みがあるけど、だれの作か私は忘れた。曲の途中でちはるさんは止めて、どうと聞いた。「あまり弾かなかったけどね!……あ、これはトルコマーチだよ」

  「そうだ、トルコマーチ!すごく美しかった!ちはるちゃんは演技もうまいし、なんでもできるね」

  「そこそこだよ!」




――――――――――――――――――

次回もちはる達とのストーリーが続きます。美月も影響力のある若い芸能人に仲間入りできる?


『あやぷん』とちはるに呼ばれると、坂本綾はよく不機嫌そうな顔をしていそうです……


坂本綾のイラスト

https://kakuyomu.jp/users/kamakurayuuki/news/16817330654741429464

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