88 『日本のこと、君たちに任せたらいい?』(お泊り 終)(イラスト付)


半田さんはうなずいた。「役者として、彼女は日本一じゃなくてもトップに近いと私は思う……彼女には聞こえてないよね」


  ベッドルームに振り向くと、半田さんは説明し続けた。


  「ちはるは舞台が苦手なんだけど、彼女は舞台出身て知ってる?それから彼女はいろんな先生に演技を学んだことがあるね、しかも十四、十五歳から?彼女はいっぱい自分で演技を研究していてさ」

  「研究ですか?」

  「うん、実験して、一人のときもあったし、友だちとのときもあって、こう演技したらカメラにどう映るかってさ。『研究』するためだけど、ちはるは長年いつも演技していた。普通に勉強して馴染むべきね、ちはるならチラッと見てすぐに演じられるかもしれない」

  「そうですか?」

  「うん!前にそんな練習?があったね、一行、二行くらいの長さの役の説明を見て役を即興的に作るって。あとはさ、『役』がどのくらい深くても、視聴者にはその『現れ』た部分しか見えなくて、気づかれないと大変ね。この演技の問題って、聞いたことがある?」


  私は少し考えて頭を振った。


  「……それはね、普通に役作りってキャラクターの背景や性格を学んで作るけど、現実を見たらさ、例えば道で遅く歩いている人がいたら、健康の問題でそう歩くのか、トラブルで気が重いからか、ただゆっくりしたいかって、見分けられないときも多いでしょ。だから普段、役がお腹が空いている人だと勉強して役者は遅く歩く演技をするけど……浅井はお腹空いてないの?私はちょっとかな……いいよ、でもちはるなら逆の順番もできる――彼女は全然役のことを知らなくても、映像が視聴者にどう見られるか予想して演技できて、役をちゃんと勉強した役者より力のある演技を出せるかもしれない」

  「へー!」

  「ちはるは演技のレパートリーが恐ろしいほど広いね。ほかの役者さんはこういう風にできるかわからなくて、だからなぜちはるは手助けしないのかと思って」

  「それはちょっと……難し過ぎて半田さんと学んだ方がいいんじゃないかな」

  「相談くらいはいいよ……ねえ、このハンチング帽について、ちはるはなんか言ったことある?」

  「ないですけど」

  「ちはるは黒岩監督の孫だ」

  「え?」

  「本当の孫じゃなくて、俗になんて言うのかな……『れん』の映画って、彼の最後くらいねそれ、ちはるも出演したし、でも出会ったのはその前だったけど」


  昭和の一番有名な監督だと呼ばれる黒岩肇さんは、四十、五十代から撮影するときに彼はこの帽子と似たようなハンチング帽を被っていてトレードマークになった。

  白黒映画の時代ではじまって彼は海外まで評判が高い複数の作品を撮り、そのなかには『半浪人』と『黒とうげ』で、三年前、八十七歳で彼は死去したときに大きなニュースになったのを覚えていて、日本の映画だと言ったらいろんな人に彼の名前がすぐに思い出すかもしれない。

  

  そして私は言った。「ちはるはあまり言ったことないけど、彼女も頑張ったし、だから黒岩監督と繋がって……」

  半田さんはしばらく考えると答えた。「頑張ったというより、暴れたのかな」

  「……暴れた?」

  「ちはるはいろんな人と喧嘩していたでしょう。彼女の友だちがきっかけで黒岩監督と初めて会って、そして黒岩監督がちはるのことを気に入って、彼の奥さんもそうね、だから映画の撮影を教えて、そのときちはるはよく彼らの家を通ったんだ……でもこの帽子って黒岩さんはもう使わなかったのね、被ったのはもっと若かった、彼の最盛期で映画『半浪人』を撮ったときくらい。だからちはるに渡したのは彼女の知り合いの間でちょっと話題になったの」

  このハンチング帽子は茶色で、実は古く見えるけど。「でもなぜちはるに……?」

  「うーん、ちはるに聞いた方がいいけど……でもさ、日本の映画界なんて今は淀んでいると聞いたことある?」

  「あ、えっと、面白い作品が少ないからですかね」

  半田さんはまた少し携帯を見ると、さっきの演技の話から彼女らしくない真剣な眼差しで私を見ていた。「全体的に落ちているんじゃないかと言う人も多いね……浅井は前代の映画を観たことある?そんなに前じゃなくて、二十、三十年前くらいのもさ、力が違ったね。控え目にしなくて、奥さんは恨んだら平気で旦那の財布を焼いてそれをステーキとして夕食にするし、今の作品はただ家と職場をまわることばかりだけど、昔の作品を見るととんでもない言動が多いね。偶然に経済が良かったし」

  半田さんが言ったのは昔の昼ドラマ、浮気などで夫婦喧嘩が多かったのかな。そして半田さんは続けた。

  「私はそんなに確かじゃないけどね、昔日本はもうすぐ大国になって、西洋の国と競争できるという雰囲気が漂ったみたい。ちはるがよく言ったのはその時代の映画とドラマはその希望と野望も映した。でもやっとその時代が終わって……私がちょっと言っていいかな?」

  「はい」

  「三年前黒岩監督を看病したとき、私はちはると一緒にいて。最初は病院ね、あとは彼が家に移動して……そのとき彼の家だったかな、彼はちはると長く話して、私にちょっと言ったことがあったの」

  「……帽子のことですか」

  彼女は笑った。「帽子じゃない。『日本のこと、君たちに任せたらいい?』って」

  「日本のことですか?」

  「うん、変ね」

  「いえ」

  「私もちはるもただ普通の女の子で、日本のことを任せるってどういうことかわからなかった……浅井はまだ芸能界の新人だから気づかないのかもしれないけど、ちはると私もしばらく芸能界にいて、私は最近仕事はただ繰り返すことと感じてるの。それは私に仕事があるからそう言えるけど、ただ女優や芸能人の私たちはさ、なんでも仕事を追いかける日々より、もっと意味があると思わないかな……ねえ、女優なんてさ」


  半田さんは自分の手で持つメガネをチラッと見ると言った。


  「夕食の時に朋子はよく言ったね、女優とほかの芸能界の仕事がある期間は短いの。いつも私は四十、五十代まで活躍している女優さんたちを見ると尊敬するの……普通の仕事をしたらさ、大女優と比べなければそれよりお金ができるし、もしお金が本当に目的なら私たちはなぜ芸能界に入るの?芸能界の明かりに惹かれて、女優になると、自分もその『明かり』になるわけじゃないの?」


  彼女は微笑んだ。



  五月末、私がまたちはるの家に来たときに、ネッティーさんと丸山沙耶華さんを含め五人で集まった。ちはるがイベントでもらった花束があったので私はそのお花を花瓶にアレンジした。それを見たちはるは美しいと言った。「美月ちゃんはなんでもうまいね」

  私は手を振った。「そんなことないよ。このまま枯れてもったいなくないの?」

  「そうね。でもこうしても、二日、三日だけじゃない、こんなに咲いてるのは」

  「うん、短いけどね」





翌年、センター試験で夕住園ゆうすみえん大学に合格すると、私は東京に引っ越した。





――――――――――――――――――

後書き


任せられた『日本』は一般的な意味で国としての日本のことだろうか、心で見ないと『明かり』を見ることはできないのだろうか…?


最後に美月が触ったお花は長い間枯れないので、気づかれて展開に繋がりました。(ネタバレ)


次は東京に引っ越した彰のシーンになります。いろんな出会いがあり、浮気事件にならないように…


イラストは半田の台詞からです

https://kakuyomu.jp/users/kamakurayuuki/news/16817330655640379093

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る