87 半田聖節の演技レッスン (お泊り) (イラスト付き)



ただくだらない話だと思ったけど、半田さんはゲームをやめて、少し考えると聞いた。「台詞とかが自然じゃないってこと?」

  「あ、そうです」

  「えー、本当に困ったら監督やだれかに言ってもいいかな、自分はこうしゃべった方が合うって……うん、できるよ。台本を書いたとき脚本家は役者がだれか詳細まで想定していないことがあるものね。もし役者にもっと似合う台詞があれば監督さんはきっと嬉しいよ」

  「それは知らなかったです」私は答えた。

  「ドラマと映画の製作ってさ、監督はだいたい一人でそんなに知らないね、だからいろんな部となにがいいかどうかと話し合って、役者は演技部だし、演技のことをやり取りした方がいいと思う」

  「でも勝手になんかしたら、役に逆らうじゃないですか」

  「役ってなに」

  風呂上がりのメガネをかけた半田さんは、それを外しそのきれいな目で私を見ると続けた。

  「浅井は今まで演技ってどういうことだと学んだ?役になるって別人になるくらい?」

  「そういうことじゃないですか?」

  「……正しくはないかもしれないけど、人は演じても、いろんな役の中に自分しかいないんじゃないかな」

  「それは?」

  半田さんは携帯を置くと答えた。「海外に『カメレオン・アクター』という俳優の定義があるね。彼らはさ、演技が上手くてどの役でもできて自然になれるけど、ちゃんと見たらそうじゃないかもしれない。カリスマ系の俳優さんならさ、どの役でもそのカリスマを持っているね。ほかの俳優さんも自分の雰囲気を持ったまま演技するし、だから役って別人になるより、ただ自分のどの部分を見せるかかも」


  『カメレオン・アクター』と言ったら半田さんもそうじゃないか。

  ネットに彼女の演技が下手という意見が多いけど、今まで彼女の変わった役、それは偶然かわからなくて、よくそれはストーリーに自然に滲んで、役者のなかでそれは全然一般的ではないし。下手の批判なんて彰くんも視聴者がその点を気づかないと言った。


  半田さんとその点を少し話すと彼女は私の今問題のある台詞のことを聞いて、私は答えた。「えっと、あの好きな男子と喧嘩するシーンですけど、例えば『君は彼女が好きでしょ』って」

  「役によっていろんな言い方があるね。うーん、まず浅井は自分らしく言ってみよう?」

  「私?」

  「もし現実に好きな人がそうしたらさ」

  その男子は私が彰くんと想像して台詞を言うと、半田さんはうなずいた。

  「基本的に演技はこんな感じね。撮影するときこう演じても問題ないと思うよ」

  「え、でもこれは役じゃないですけど」

  「……役なんてないって言ったよね。この台詞と、あとは『お腹空いた~』みたいにさ……私はちょっとお腹が空いたけど――日常的にさ、本当にお腹が空いてからそう言ったら現実味があるでしょ。逆に役だと思ったら、お腹が空くのは自分じゃなくて、役のだれかでしょ、だからその役は自分に浮くと感じて、台詞を言ってもこれは自分の本当の気持ちって説得力もない」

  「……本当ですね!」


  あまり半田さんは真剣な態度を見せないが、ちはると同い年の彼女は子役でデビューして、十一歳のときから何十作品と出演経験があってベテランだと言える。

  そして私はソファに半田さんの隣にすわると彼女は言った。

  「これはね、ちょっと危ない道かもしれない。普通に台詞を言ったらだめだと思って、いつも『役』に重ならないと自分の演技は間違うと感じて、実は有名な役者さんたちでもこんな……ミス……をしているの――『役』は重要だけど、ちょっと考えてね、監督さんとキャスティング担当する人たちってさ、いろんな女優のなかから浅井をえらぶなら、それは生意気な子とかどんな役でも、浅井のまま演じてほしいでしょ。だってもし浅井が十分に生意気じゃなくて、役に合わないと思ったら、浅井に演技を厳しくするより、最初からほかの子をえらんだ方が簡単じゃない?」

  私は彼女の言葉に驚いた。

  「……私はとくにすごくないから言えないかもしれないけど、演技ってさ、極端に走ることで、役のために激痩せしたり、激しい感情を見せたりして難しいシーンを演じることとは思わないね。ただ普通のシーンで自分はもう十分な気持ちを伝えられる方が重要」

  「半田さん!私の先生になってくれますか?」

  「え?」

  わくわくしたせいか、私は半田さんの手に軽く触れると言った。「先生じゃなくても、たまに演技で心配しているところがあるし、もし構わなかったら半田さんにちょっと相談したいんです」

  「えー、私の年代じゃ上手くは言えないよ……ちはるは?彼女は助けてくれない?」

  「ちはる?」

  半田さんはうなずいた。「役者として、彼女は日本一じゃなくてもトップに近いと私は思う……彼女には聞こえてないよね」

  ベッドルームに振り向くと、半田さんは説明し続けた。

  (つづく)





―――――――――――――――――――

後書き


半田聖節の演技の原理は『できないことをしない』、省エネ的な演技です。


のんびりした彼女は、号泣するなどの演技が自分に合わなず、頑張っても偽物に見えると思うので、いつも役を自分向けに調整した。そういう『難しい演技』に挑戦していた俳優たちは不自然だと気づいたかららしい。

全く運動神経がないせいか、子供の頃から彼女は演技が下手だと批判された。だが彼女の無理やり頑張らない『地味な演技』は現実にしそうなことに近く説得力が他の同年代の俳優より強く、彼女の強みになっている。それは視聴者があまり気づかないことで、『半田聖節 演技』とグーグルに入力すると『下手』のキーワードがいつも出てくる。


美月は台詞の浮気者を彰だと想像して言ったのは、現実味があるのかな……??


しかも、ちはるが日本のトップの役者とは、どういうこと?



イラストは半田が美月に教えているシーンです。

https://kakuyomu.jp/users/kamakurayuuki/news/16817330655555982973

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