第40話 好きとは?

 世の中には距離感の近い異性は存在する。けど、早乙女さんのように、家族になってからすぐに、家族だからと彼氏持ちの美少女が抱きついてくるなんて距離感の異性は稀有だ。


 だからもちろん驚くし、これまで女子と関わることなんて親友の幽だけだったから、それだけ免疫もない。だから、嬉しくても離れてと言ってしまうのが俺なのだ。


 「距離感……どうなってるんだよ」


 「私にとっては普通だからね。やってみたかったことだし、家族になったなら、それだけ楽しめることがあるってこと。だからこうして距離をどんどん詰めるんだよ」


 「詰め方が日陰の者に適応しないんだけど」


 「そう?でもさ、せっかくだし、早く仲良くなって家の中でもワイワイしたくない?」


 「今結構してると思うのは俺だけ?これよりも上を?」


 「もちろん!まだまだ先はあるよ」


 多分「家の中で」という言葉が出てきたということは、それなりに学校生活が充実しているということだろうが、意味は他にもあるようにも思えた。


 きっと家の中でもワイワイするのが、彼女が再婚して家族として俺を迎えた時に出来た夢のようなものだろう。1人で可奈美さんと生活してきて、その性格から寂しさを感じたのだろう。だからこうして、距離を俺の想像を遥かに超える早さで詰めてくる。


 俺の部屋に来ることも、幽との話に拗ねることも、抱きつくことも、全てはそれの意思表示だと捉える。早乙女さんなりに、俺を良く思ってくれての行動だから、俺もそれに応えないといけないのかもしれない。


 「先が思いやられるな。どうする?俺が内弁慶みたいに、家では早乙女さんと同じ性格になったら」


 「その時は、幽に自慢して七夕くんの話に付き合うよ。責任は取らないといけないからね」


 「我ながら想像出来ないけど、俺の話に付き合わされる早乙女さん不憫そう」


 「そんなことないでしょ。私もよく分からない話するし」


 「記憶に無いけどな」


 全てはよく分からない行動だ。発言に関しては少し気になることがあるだけだが、行動は特に今日、おかしい。発言も意味不明なので、相まって【女子】を知らない俺は困惑している。未だにうつ伏せで拗ねる奇行の意味を理解してないのだから。


 「記憶になくても何も問題ないよ。意味ないんだから。その時の暇を潰せれば良いんだよー」


 「そのために俺の部屋に来るのか」


 「仲を深めるっていう偽りの名目で、部屋に来てから強制的に話に参加させる。これが私のやり方」


 「人気者がそんなことをしてるなんて知りたくなかった」


 「誰だって1つや2つ、人に見せられないとこってあるからね」


 その言葉が今の俺にはよく響く。しかも、それを言ってる人が響く理由だから、彼氏さんの隠し事にも気づいてもらいたいものだ。直接彼氏さんに聞いたら、その時点で多分亀裂が入って別れる一本道だから聞かないだろうけど。


 学生の恋愛なんて、信頼関係を築ける方が珍しい。どちらかが疑心暗鬼になれば、そこで軋轢が生まれるのは必然的。


 ここで踏み込んでみるのもありか。


 「例えば今の早乙女さんとかね。浮気してるなんて言われたら大変だぞ」


 「逆にどうやったらバレるのか知りたいけど、これは浮気じゃないからね」


 「そうじゃなくても、早乙女さんの変化に気づいて、彼氏さんが察して、彼氏さんが浮気したらどうするんだ?」


 心臓の鼓動が激しくなる。表情には何も出てないだろうが、もう1度抱きつかれれば、多分振動で伝わる。俺はあらゆる可能性を考えて、接触されないように若干椅子を下げた。


 俺の決死とも言える問いかけに、早乙女さんは間を置くことなく答える。


 「その時は私がそれまでの人だったってことだし、先輩が私と七夕くんを家族として認めてくれなかったってことだから、受け入れるしかないよね」


 「……意外とあっさりしてるな」


 「んー、なんだろう。みんなが考える恋人同士って感じじゃないからね。初々しい、お互いが好き好き言ってるラブラブな関係じゃなくて、時間が有意義に感じるから付き合ってるの」


 「つまりは、親友の延長線上ってことか?」


 「そんなとこかな。一緒に居て楽しい。話してて楽しい。一緒に笑えて幸せ、手を繋げて幸せ。そう感じてるから付き合ってる。先輩が居ないと生きていけない。なんて思うほどじゃないってことだね」


 ほとんど幽と俺の関係と同じだ。ただ違うのは、その果てに好きって思うか思わないかだけ。好きと思うから付き合ってるのだろうが、熟年夫婦のような考え方に、少し驚いている。


 落ち着いてる恋っていうか、盲目にならない恋って感じだ。何か1つ、問題があっても即解決しそうな関係。負担を最小限にしたかのような、無駄のない理想の関係。異性の親友の少し先を行くようなものか。


 だったら……彼氏さんに恋愛感情は……。


 「でも、何々したいとかは思うよ。七夕くんと霊は、手を繋ぎたいとは思わないだろうけど、私は思う。親友の延長線でも、恋愛感情があるかないかの違いだね」


 「彼氏さんのことは好きなのか?」


 「んー、それがね、私って好きがいまいちピンときてないんだよね。触れたい欲はあるから好きなんだろうけど、彼氏がいる友達の話聞くと、どれも共感出来なくてさ。私って好きなのかなって思っちゃうんだよね」


 ……これは……彼氏さんも早乙女さんも問題ありのパターンか?

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