第30話 黒い噂

 「おはよ」


 翌日の朝、登校中に欠伸をしたタイミングで幽から声をかけられた。学校へは全く同じ道なので、時々こうして会っては登校する。早乙女さんとは一緒に登校出来ないので、いつも先に家を出るのは早乙女さんだ。


 「おはよう。気配ないな、相変わらず」


 「そう言われるために声かけないで、そっと後ろから近づいてるからね」


 「変なやつだな」


 「勝手に神出鬼没と思い込んで、変な肩書きつける人たちの1人に言われたくないけどね」


 「確かに」


 いつの間にか浸透した神出鬼没の幽霊さんも、実はボソッと俺が口にしたのを翔が聞いていたことが元凶だ。それから少しずつ馴染んで、今に至るが、幽は全く嬉しくないとのこと。


 「でも、マスコット的立場って良くないか?」


 「全然。女子には可愛いって寄られるけど、男子には変な目で見られるから最悪だよ」


 「あーそれもそうか」


 元々おとなしく、それを邪魔する人を好まない性格が故に、男子という下半身に主導権を握られた思春期真っ只中野郎たちには、少なくともいい印象はないだろう。


 男子は邪魔するつもりはないのだろうが、自分勝手に物事を進めてしまう人が多いので、迷惑をかけている。もちろん俺もその1人だ。でも、性格と昔からの仲ということで、日頃愚痴を言われて罵詈雑言を受け止める係としては認められている。


 「そんなことよりも、どうだったの?昨日家に戻ってから、澪とは仲良くなれた?」


 優しさに溢れる幽。だからこそ聞く。気にしてくれては、失敗してもアドバイスをくれる。完璧な親友だ。


 「仲良くなれたかは分からない。けど、それなりに気にしてはないぞ。早乙女さんは自分から近づこうとしてくれるから、それだけで助かってるし、結構良さそう」


 「っそ。良かった良かった」


 「悪いな、これから毎日ゲームとか難しいし、徘徊とかも少なくなるから、関われる時間が減るかもしれない」


 「気にしないで。メンヘラじゃないし、学校に行けば隣の席なんだから」


 「そうだな」


 席替えは1年間ない。だから今年度は3月までこの座席のまま。幽とは切れない縁があるらしく、親友としての幸運は未だ途切れない。


 メンヘラじゃないなんて言ってるが、メンヘラじゃなくても負けず嫌いなので、どの道俺に選択肢がなく自由もない。意味は違うが、されることは同じということ。言い方を変えればいいってもんじゃないんだけど。


 「おっ、話してたらご登場ですよ」


 少しだけしかずらさない時間帯。だから少し先を見ればそれは目に入る。校門を曲がろうとした男女2人組。間違いなく早乙女さんと彼氏さんだ。


 「朝からラブラブだな」


 お互い笑顔で見つめ合う。会話がそんなに弾むのか、俺たちの真逆としか思えない。普段家で見せる笑顔と何も変わりない早乙女さんは、やはりどこでも誰にでもその笑顔は見せるのだと、特別なものではないのだと思った。


 彼氏さんも同じだろうか。早乙女さんと付き合う前から有名でモテる人気の男子生徒。2年に所属する八尋隼也やひろしゅんや先輩。お互い釣り合いの取れる唯一の相手と言われる人同士、学校では名を馳せている。


 「そんな話すことあるのかな?私たちって友人だからさ、結構どうでもいいことばかりだから好き勝手話すけど、カップルってなると少しでも楽しもうと、しっかり考えて話したりするだろうから、私は興味ある話をそんな出来るとは思わないんだけど」


 「んー、俺たちの延長線上にただカップルって肩書きつけただけとかなら、意外とあり得るんじゃないか?」


 「私と風帆くんがカップルってこと?」


 「そう。だったら他愛もない会話でもお互い気にしないからさ」


 「んー、ホントにそう思う?あの2人」


 「いいや。先輩後輩の関係で、高校からのお付き合いなら無いと思う」


 「でしょ」


 人それぞれなのは分かる。けれど、どれだけ相性抜群だとしても、半年やそこらで先輩後輩の関係で、阿吽の呼吸でお互いを理解し合うのは不可能だと思う。どうしても知られない部分とか、触れられない部分が出てくるだろうし、それを隠したりして、結局秘密を抱えて気を使わないという関係にはそう安安と届くことはないはず。


 しかも恋愛感情を持った男女だ。好きだから嫌われたくない。この気持ちが少なくとも邪魔をするのだから、秘密なく何でも言い合える、理想の関係にはほど遠いはずだ。


 それに。


 「本当に彼氏さんが歳の近い女の子大好きマンだったら、今の早乙女さんに対する笑顔は嘘になるしな」


 「私は黒だと思うけどね。偏見だけど、ああいう人はなーんか悪辣なこと考えたり、密かに動くの得意そうだから」


 俺と幽が休日に夕方から徘徊中、寄り道して他校の近くへ来た時にチラッと見えた、彼氏さんと知らない女性が手を繋いでいるところ。


 家族の誰かや、いとこの可能性もある。けど、体を寄せ合って密着し、誰が見てもイチャイチャしてるようだったので、可能性は低い。


 まぁ、そもそも彼氏さんかすらも怪しかった。体型と髪型、横顔がそっくりな他校の生徒かもしれない。私服だったので制服で判断は出来なかった。でもでも、俺たち2人の意見が揃ったことで本人だと思っている。


 「ド偏見だけどなんか分かる。完璧な人って裏がありそうだよな。その、賢い人にはヤバい人が多いとか言うように、イケメンで勉強も運動も出来る人は性格に難ありかもな」

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